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龍津寺|昭島市拝島町にある曹洞宗寺院

龍津寺の概要

曹洞宗寺院の龍津寺は、玉應山と号します。龍津寺は、青梅天寧寺四世説翁星訓禅師が開山、義徹宗廓居士(花房主計頭)が開基となり、天文年間(1532-1555)に創建、天正19年(1591)には徳川家康より寺領3石の御朱印状を拝領していたといいます。

龍津寺
龍津寺の概要
山号 玉應山
院号 -
寺号 龍津寺
本尊 釈迦牟尼仏像
宗派 曹洞宗
住所 昭島市拝島町5-2-37
葬儀・墓地 -
備考 -



龍津寺の縁起

龍津寺は、青梅天寧寺四世説翁星訓禅師が開山、義徹宗廓居士(花房主計頭)が開基となり、天文年間(1532-1555)に創建、天正19年(1591)には徳川家康より寺領10石の御朱印状を拝領していたといいます。

新編武蔵風土記稿による龍津寺の縁起

(拝島村)龍津寺
小名宿の西の方南側にあり、玉應山と號す、禅宗曹洞派にて、根ヶ布村天寧寺末なり、天正中寺領十石の御朱印を賜へり、境内は則其地の内なり、開山の僧は説翁星訓永禄六年三月二十四日寂す、開基は何人なることを知らず、位牌の面に義徹宗廓居士とのみ彫して年月及生命を闕く、傳云ふ往昔この境内に居住せし花房主計頭なりと云。
總門。宿の並びにあり、兩柱の間九尺、玉水禅崛の四大字を扁す、銭塘周道が筆なり。
中門。惣門を距ること百餘歩にあり、柱井仇七尺東向なり。
本堂。東向九間半に九間、向拝には龍津寺の三字を扁す、異宗栓莕の筆なり、本尊釋迦を安す、別に正観音一軀を安せり、木の立像にて長八寸許、春日慶文の作なりと云。
鐘楼。中門を入て左の方にあり、二間四方、鐘の径り二尺一寸、寛延譽年の鋳造なりと云。
白山社。本堂の南の方にあり、小祠にて神體は白幣を安ず、境内の鎮守なり。
疱瘡神社。これも小祠にして同じ邊にあり。(新編武蔵風土記稿より)

「昭島市史」による龍津寺の縁起

龍津寺(拝島町)
玉応山と号す曹洞宗の寺院。この寺院は天文年間(一五三二~一五五五)に開創されたといわれている。『新編武蔵風土記稿』によれば、開山は青梅根ヶ布村の曹洞宗の寺院天寧寺の四世説翁星訓禅師で、開基は法名を義徹宗廓居士とのみ位牌に記してあり俗名は明かではないが、かつて、この境内に居住していた花房主計であろうと伝えられているとしている。天正一九(一五九一)年に徳川家康から寺領三石の朱印を賜っている。その後、元禄九(一六九六)年一一月に四世元如和尚の時代に再建し、文化二(一八〇五)年に再び再建して現代に至っている。本尊は釈迦牟尼仏、脇立は文殊菩薩、普賢菩薩である。
本堂の天井板絵五五面及び杉戸一六面は市の重宝となっている。天井板絵は淡彩竜図を中心に着色花弁図二二面、着色鳥獣図三二面が措かれ、杉戸絵は内側に欽中八仙図、外側に淡彩梅松図が措かれている。(「昭島市史」より)


龍津寺所蔵の文化財

  • 龍津寺本堂天井板絵五十五面及び杉戸絵十六面(市指定有形文化財)

龍津寺本堂天井板絵五十五面及び杉戸絵十六面

天井板絵は、竜図を中心として花卉図二十二区画にヒマワリ、オモダカなど、鳥獣図三十二区画にイヌ、サル、シラサギなどが描かれ天保十四年(一八四三)大岡雲峰の作です。
杉戸絵は、外陣とその左右の間との間仕切にある杉板戸左右各四枚で内側に飲中八仙各一名を描き、外側にそれぞれマツとウメの老木各一株を描いた墨絵です。(昭島市教育委員会掲示より)

龍津寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「昭島市史」