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賓積寺|昭島市郷地町にある天台宗寺院

賓積寺の概要

天台宗寺院の賓積寺は、高田山と号します。賓積寺の創建年代等は不詳ながら、当寺を中興した権大僧都空者法相亮源が元禄年間(1688-1703)が六代住職だといい、江戸時代初期の創建ではないかといいます。

賓積寺
賓積寺の概要
山号 高田山
院号 -
寺号 賓積寺
本尊 薬師如来像
宗派 天台宗
住所 昭島市郷地町1-13-3
葬儀・墓地 -
備考 -



賓積寺の縁起

賓積寺の創建年代等は不詳ながら、当寺を中興した権大僧都空者法相亮源が元禄年間(1688-1703)が六代住職だといい、江戸時代初期の創建ではないかといいます。

新編武蔵風土記稿による賓積寺の縁起

(郷地村)寶積寺
除地、八畝廿一歩、高田山と號す、台宗、當郡高月村圓通寺末、客殿六間半に四間半東向、本尊薬師木の坐像長一尺二寸許、開山開基は詳ならず。
観音堂。二間半四方、正観音を安す、五十年前、開扉しが、其時住持をはじめ村内皆痢病を煩ひしゆへ、開扉の咎なるべしとて、それよりのちはかたく秘してしめさず。
稲荷社。小社。
山王社。ともに小社。(新編武蔵風土記稿より)

「昭島市史」による賓積寺の縁起

宝積寺(郷地町)
高田山と号す天台宗の寺院で、郷地の住民の檀那寺として信仰を得ているが、開基開山は不詳である。二〇年前の本堂改築の際、文政九(一八二六)年に再建したとする棟札が発見されている。しかし、それ以前に二度火災にあっているので、寺記が焼失しているため、由緒については全く不明である。当寺の中興の祖と言われ元禄年間(一六八八~一七〇三)に住職をつとめた六世権大僧都空者法相亮源の存在があることから、六代前の創建とすれば一六世紀頃にあたるので、この頃の創建と推定されよう。本尊は薬師如来の木坐像で江戸時代初期の作で名品であるとされている。
なお、境内の墓地に江戸時代末期の俳人不老軒転の「望みなき身には今年の夢もなし」の辞世句を刻んだ墓がある。(「昭島市史」より)


賓積寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「昭島市史」