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福厳寺|昭島市中神町にある臨済宗建長寺派寺院

福厳寺の概要

臨済宗建長寺派寺院の福厳寺は、智勝山と号します。福厳寺は、立川宮内少輔の一族が居宅跡だった当地に、夢窓疎石を勧請開山として、万松和尚が寛永元年(1624)に創建したといいます。

福厳寺
福厳寺の概要
山号 智勝山
院号 -
寺号 福厳寺
本尊 観世音菩薩像
宗派 臨済宗建長寺派
住所 昭島市中神町1-3-3
葬儀・墓地 -
備考 -



福厳寺の縁起

福厳寺は、立川宮内少輔の一族が居宅跡だった当地に、夢窓疎石を勧請開山として、万松和尚が寛永元年(1624)に創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による福厳寺の縁起

(中神村)福嚴寺
除地、境内五坪、村の北にあり、智勝山と號す、禅宗済派、當郡柴崎村普済寺末、寺領五石を附せらる、本堂八間に五間、本尊正観音、開山開基詳ならず、中興開山太嶺天和三年三月二日遷化せりと云、土人の傳へに當院の境内は、天正以前立川宮内少輔が一族の居住せし跡なりといふ、小高き丘にて多磨川を南にかまへ、構内よりも清泉湧出、門前に洗坂など云る所あり、立川宮内少輔の事蹟は、柴崎村の條に見ゆ。
観音堂。九尺四方、正観音木像長一尺許立身。
神明宮。天満宮。疱瘡神社。以上皆除地の内にあり。(新編武蔵風土記稿より)

「昭島市史」による福厳寺の縁起

福厳寺(中神町)
智勝山と号す臨済宗建長寺派の寺院。『新編武蔵風土記稿』によれば「当院の境内は天正以前、立川宮内少輔の一族が居住せし跡なりと云う。小高き丘にて多摩川を南にかまえ、境内よりも清泉湧出、門前には洗坂などと云える所あり」と記してあるが、立川氏の居宅の跡地に寛永元(一六二四)年三月万松和尚が創建した。開山は京都天竜寺の夢窓疎石を請じたと伝えられている。天和二(一六八二)年に遷化された太領和尚を中興の祖として発展をみるようになり、文化一三(一八二ハ)年に再建寄進されたことが、中野家の文書に記されている。昭和二〇年四月の大空襲により全焼したが、昭和三六年に現在の鉄筋コンクリートの仏堂が建立された。文化一三年に寄進された鐘楼が現存している。本尊は観世音菩薩である。(「昭島市史」より)


福厳寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「昭島市史」