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阿弥陀寺|昭島市宮沢町にある真言宗智山派寺院

阿弥陀寺の概要

真言宗智山派寺院の阿弥陀寺は、宮澤山と号します。阿弥陀寺の創建年代等は不詳ながら、残されていた板碑などから室町時代前期の創建ではないかといいます。元禄年間(1688-1703)罹災し、小町正喜家の屋敷から当地へ移転したといいます。多摩八十八ヶ所霊場80番、関東八十八ヶ所霊場71番です。

阿弥陀寺
阿弥陀寺の概要
山号 宮澤山
院号 -
寺号 阿弥陀寺
本尊 阿弥陀如来像
宗派 真言宗智山派
住所 昭島市宮沢町2-36-6
葬儀・墓地 -
備考 -



阿弥陀寺の縁起

阿弥陀寺の創建年代等は不詳ながら、残されていた板碑などから室町時代前期の創建ではないかといいます。元禄年間(1688-1703)罹災し、小町正喜家の屋敷から当地へ移転したといいます。

新編武蔵風土記稿による阿弥陀寺の縁起

(宮澤村)阿彌陀寺
境内除地、凡六段許、外に免田二段、村の西にあり、宮澤山と號す、新義真言宗、當郡宇津木村龍光寺末、本堂九間半に五間半東向、本尊彌陀、木の坐像、開山開基詳ならず、境内後背の山丘に古碑數基あり、六字の名號の傍に、観應二年三月二十八日と雕たるもの、或は文和・永和・康應・應永等の文字みゆるものあり、是らによりても古き寺なることしるべし。
辨天社。本堂の西にあり、九尺四方の覆屋あり。
薬師堂。二間半四方境内東の方にあり、恵心の作にして木像なり、三十三年に一度開扉す、其他は固く秘して示さず。(新編武蔵風土記稿より)

「昭島市史」による阿弥陀寺の縁起

阿弥陀寺(宮沢町)
宮沢山と号す真言宗智山派の寺院。『新編武蔵風土記稿』によれば、当寺の境内に観応二(一三五一)年・文和年間(一三五二~一三五五)・永和年間(一三七五~一三七八)・康応年間(一三八九)・応永年問(一三九四~一四二七)の年号を刻んだ古碑があると記され、また、永享一〇(一四三八)年・長禄二(一四五八)年・寛正七(一四六六)年の板碑があることなどから、当寺の創建は六百年前頃と推定できる。
阿弥陀寺は本来は小町正喜家の屋敷にあったが、元禄初期に火災にあい、元禄年間(一六八八~一七〇三)に現在地に移建されたと伝えられている。その後、嘉永三(一八五〇)年に本堂を修覆し、昭和三三年にも修覆が行われ、四月には盛大な落慶式が行われた。
なお、境内には甲斐武田氏の旧臣鎌田孫左衛門正久が徳川家の処遇を受けて宮沢の地に四〇石の知行をもらい、初代の地頭となったことから阿弥陀寺と関係が結ばれ、現在、正久の碑があり、たたくと金属音を発するので「かんかん石」と呼ばれている。本尊は阿弥陀如来の坐像である。(「昭島市史」より)


阿弥陀寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「昭島市史」