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柚木愛宕神社|青梅市柚木町の神社

柚木愛宕神社の概要

柚木愛宕神社は、青梅市柚木町にある神社です。柚木愛宕神社は、即清寺の開基にともない、陽成天皇の元慶年中(877-884)、即清寺の守護のために創建したといいます。慶安元年(1648)江戸幕府から社領20石の御朱印状を拝領、明治維新後には村社に列格したといいます。

柚木愛宕神社
柚木愛宕神社の概要
社号 愛宕神社
祭神 火産霊神
相殿 -
境内社 -
住所 青梅市柚木町1-944
祭日 4月24日
備考 -



柚木愛宕神社の由緒

柚木愛宕神社は、即清寺の開基にともない、陽成天皇の元慶年中(877-884)、即清寺の守護のために創建したといいます。慶安元年(1648)江戸幕府から社領20石の御朱印状を拝領、明治維新後には村社に列格したといいます。

新編武蔵風土記稿による柚木愛宕神社の由緒

(柚木村)愛宕社
社地凡六十坪、村の南の方愛宕山の頂上にあり、小社にして上屋を建つ、神體は本地勝軍地蔵にて長一尺二寸許、當社は傳云、往昔相馬師門の後裔師秀なるものの勧請せし處なりと云、按に師門師秀は其傳いまだ考へず、おもふに當所の舊領主にして、三田弾正が祖先にてやありけん、村内にて社領二十石を賜はり、御朱印を附られしは慶安元年九月十七日のことなり、鳥居二基、一は南の方に立つ、柱間六尺、一は北の方にあり、これも同じ大さなり、村内の鎮守にて例祭正月廿四日、即清寺の持なり。(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による柚木愛宕神社の由緒

陽成天皇の元慶年中(八七七-八五)即成寺の開基にともない、守護のために創建したと伝えられる。建久年中(一一九〇-九九)源頼朝公が霊感を得て、畠山重忠に命じて山麓に殿堂数宇、山頂に愛宕神社を再建させたという。慶安元年(一六四八)九月十七日幕府より御朱印二十石を賜わる。安政四年(一八五七)発起、文久元年(一八六一)遷宮を行なった。昭和十一年氏子崇敬者の便をはかり、柚木町一丁目百五番地に現在の本殿・拝殿を造営し、社務所、神楽殿等の施設を完備した。(東京都神社名鑑より)

「青梅市史」による柚木愛宕神社の由緒

愛宕神社
柚木(現柚木町一丁目)に鎮座する。祭神は火産霊神で、御神体は本地勝軍地蔵である。例祭は四月二十四日。
創建は伝えによると、陽成天皇の元慶年中(八七七~八八四)、即清寺の開基にともない、その守護のため創建されたという。その後、建久年間(二九〇~二九八)源頼朝が畠山重忠に命じて、山頂に社殿を再建したともいわれる。
また『皇国地誌』によると、三田弾正の祖先で相馬師門の後裔師秀が辛垣城築城の際に、その鎮護のため愛宕神社を勧請したのであろうともいわれている。
慶安元年(一六四八)、幕府より御朱印二十石を受けている。安政四年(一八五七)社殿の起工を経て、文久元年(一八六一)遷宮が斉行された。
昭和十一年、現在の地に本殿・拝殿を造営し、同時に社務所・神楽殿を竣工した。旧社格は村社である。昭和五十三年には参道入口に石造の大鳥居、玉垣などが造られた。境内面積は一八六・四八坪(六一五平方メートル)である。(「青梅市史」より)


柚木愛宕神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑
  • 青梅市史