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浮島神社|青梅市今井の神社

浮島神社の概要

浮島神社は、青梅市今井にある神社です。浮島神社の創建年代等は不詳ながら、平山小十郎等が文禄3年(1594)に再建、今井村の鎮守だったといいます。霞川が溢れた際に社殿が水面に浮かぶ景観により浮嶋の社号となったといい、明治維新後には村社に列格していたといいます。

浮島神社
浮島神社の概要
社号 浮島神社
祭神 菅原道真公、応神天皇
相殿 -
境外社 蚕蔭神社、琴平神社、綾瀬神社、疱瘡神
住所 青梅市今井1-130
祭日 4月3日
備考 -



浮島神社の由緒

浮島神社の創建年代等は不詳ながら、平山小十郎等が文禄3年(1594)に再建、今井村の鎮守だったといいます。霞川が溢れた際に社殿が水面に浮かぶ景観により浮嶋の社号となったといい、明治維新後には村社に列格していたといいます。

新編武蔵風土記稿による浮島神社の由緒

(今井村)浮嶋天満社
社地四畝、小笠原館次郎采地にあり、社地はその家よりの免除なり、本社覆屋ありて三間四方東向、拝殿二間に四間、社前に摩利支天及び増長天の石像を置、本地佛十一面観音立身の銅像長七寸許、例祭毎年三月廿一日、浮嶋の名ある所以は、霞川常に此社地をながれ、霖雨などにて水かさまさりし頃は、社も浮ぬばかりに見れば、里人呼て浮嶋の稱ありとぞ、村内の鎮守なり、千壽院の持。
神楽殿。一間に二間、本社の傍にあり。
末社
疱瘡神社、本社の前にあり。
金毘羅社。本社の後にあり。
太子堂。一丈四面、是も本社の前にあり、立身の木像長一尺八寸。(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による浮島神社の由緒

創建年代不詳。文禄三年(一五九四)平山小十郎らによって再建。後、小笠原左衛門、豊島勘治郎ら修復。寛永十七年(一六四〇)六月二十一日、阿部小右衛門忠正ら再建。その後、貞享二年(一六八五)、宝永七年(一七一〇)重修。社地は霞川に接して高く、溢水のさいでも侵されず、さながら神頭が水面に浮かぶごとく見えるので、社名となった。(東京都神社名鑑より)

「青梅市史」による浮島神社の由緒

浮島神社
今井(現・今井一丁目)に鎮座する。祭神は応神天皇(誉田別命)、菅原道真公で、例祭は四月三日である。創建年代は不明であるが、現存する棟札によると、文禄三年(一五九四)平山小十郎らが再建し、後に小笠原市左衛門、豊島勘治郎らが修復したと伝える。また寛永十七年(一六四〇)六月二十一日、阿部小右衛門忠正が再建し、その後、貞享二年(一六八五)、宝永七年(一七一〇)と重ねて修復している。旧社名は浮島天満社と称したが、その由来は、境内が霞川に沿った高地で、洪水の際に境内が水面に浮んで見えることから起ったという。旧社格は村社である。境内面積は四三〇坪(一、四一九平方メートル)である。社宝に永正二年今井村在銘の懸仏(市有形文化財)がある。(「青梅市史」より)

境内石碑による浮島神社の由緒

創建の年代は不詳なるも、祭神は応神天皇と菅原道真公で古くは天満大自在天神と称し、七国山天神平に鎮座されていたと伝えられる。
社宝の「懸仏」は銅製にて永正二年(一五〇三年)と刻されており青梅市有形文化財に指定されている。棟札は文禄三年(一五九四年)を筆頭に五札現存されている。
本殿は、一間社流造、新唐破風は、杮葺で建立年代は不詳ですが西暦一七〇〇年代と推定されている。
現社号は、霞川が溢れた際に社殿が水面に浮かぶ景観により「浮嶋神社」と称される由来とされている。(境内石碑より)


浮島神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑
  • 青梅市史