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下山八幡神社|青梅市梅郷の神社

下山八幡神社の概要

下山八幡神社は、青梅市梅郷にある神社です。下山八幡神社は、長久2年(1041)に創建、天正19年(1591)には徳川家康より社領石の御朱印状を拝領、下山八幡宮と称して下村(梅郷)の鎮守だったといいます。明治6年村社に列格したといいます。明治4年八幡神社と改号、明治6年村社に列格したといいます。本殿は、宝暦5年(1755)の再建で、市有形文化財に指定されています。

下山八幡神社
下山八幡神社の概要
社号 八幡神社
祭神 誉田別天皇
相殿 大鷦鷯天皇、広国押武金日天皇、美都波売命
境内社 稲荷神社、薬師神社
住所 青梅市梅郷6-1220
祭日 10月15日
備考 -



下山八幡神社の由緒

下山八幡神社は、長久2年(1041)に創建、天正19年(1591)には徳川家康より社領石の御朱印状を拝領、下山八幡宮と称して下村(梅郷)の鎮守だったといいます。明治6年村社に列格したといいます。明治4年八幡神社と改号、明治6年村社に列格したといいます。

新編武蔵風土記稿による下山八幡神社の由緒

(下村)八幡社
小名六ヶ所にあり、則社領五石の内なり、本社二間に一間半、上屋三間に四間、蔵王権現・若宮八幡の二座を合殿とす、寶暦五年造營の棟札に、長久二年二月鎮座のよりみゆれば、その比はたしかに傳へしことありしならん、小名下村の鎮守なり、神主は榊田要人とて、入間郡北野村天満宮の神主栗原左衛門が支配に屬せり、例祭二月六日・六月十五日・九月十九日・十二月十日の四日に執行せり、社前に神楽堂あり、又社を隔ること一町餘にして石の鳥居一基を立。
末社、稲荷祠。本社に向て左の方にあり。(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による下山八幡神社の由緒

長久二年(一〇四一)二月造営。寛保二年(一七四二)二月十四日大風により破損、宝暦五年(一七五五)八月再建。天正十九年(一五九一)十一月、社領五石を付与され、元和三年(一六一七)三月十九日朱印状に「武蔵国多麻郡下山村の内五石ノ事」とあり、もと下山八幡宮と称し、維新のさい八幡大神と改称。明治四年上知。明暦年間(一六五五-ご八)玉川御上水にお取立の節、相殿に玉川明神を勧請。安政六年(一八五九)七月、多摩川大洪水あり、ところどころ山崩があり、連日水澄まず、これによって「御上水清浄之祈禱」をなし、神札を寺社奉行に奉納した。(東京都神社名鑑より)

「青梅市史」による下山八幡神社の由緒

八幡神社
梅郷(現・梅郷六丁目)に鎮座。祭神は誉田別天皇、大鷦鷯天皇(仁徳天皇)、広国押武金日天皇、美都波売命を祀る。例祭は十一月十五日。創建は長久二年(一〇四一)と伝える。宝暦五年(一七五五)八月に再建したが、当時は下山八幡と称し、社領五石の御朱印を受ける。明治四年、現在の社号に改称し、同年六月村社に列楯した。社宝に神鳩の木彫(弘安二年)、神像(明和三年)、棟札(宝磨)などがある。本殿は市指定の有形文化財である。境内面積は一、三〇六坪(四、三一〇平方メートル)である。(「青梅市史」より)


下山八幡神社の由緒

  • 下山八幡神社本殿(市指定有形文化財)

下山八幡神社本殿

本殿は三間社流造り、こけら葺型銅板葺、桁行四・四メートル、梁行二・八メートル、一部弁柄漆塗りである。
当社の創建は長久二年(一〇四一)と伝えられ、弘安四年(一二八一)の銘をもつ木彫神鳩を祀る古社で、天正十九年(一五九一)に家康より社領五石を賜っている。
旧本殿は、寛保二年(一七四二)二月の大風により破壊されたため、宝暦五年(一七五五)八月立川村(現立川市)の大工棟梁中嶋七兵衛清重らによって再建されたのが現本殿である。江戸期の本殿の多くは一間社流造りであるのに対し、本例は三間社流造りという構造形式である。これは、都内でも極めて数少ない、貴重な本殿建築というべきである。
本社殿内には、宝暦五年の棟札と寄進覚の板札二枚があり、建築の事情・経過をよく示している。
なお、屋根は昭和五十九年の修理に伴い、瓦棒鉄板葺より現在のこけら葺型銅板葺に改宗されたものである。(青梅市教育委員会掲示より)

下山八幡神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑
  • 青梅市史