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禅林寺|三鷹市下連雀にある黄檗宗寺院

禅林寺の概要

黄檗宗寺院の禅林寺は、霊泉山と号します。禅林寺は、下連雀村開村(明暦の大火により移住してきた村民)の際に名主松井治兵衛が松の坊(浄土真宗本願寺派)という庵室を建立、僧賢州が元禄13年(1700)中興、梅嶺雲老(享保2年1717年寂)が黄檗宗寺院として開山したといいます。禅林寺は、森鴎外・太宰治の墓所としても有名です。

禅林寺
禅林寺の概要
山号 霊泉山
院号 -
寺号 禅林寺
宗派 黄檗宗
住所 三鷹市下連雀4-18-20
葬儀・墓地 禅林寺霊泉斎場
備考 森鴎外・太宰治の墓所



禅林寺の縁起

禅林寺は、下連雀村開村(明暦の大火により移住してきた村民)の際に名主松井治兵衛が松の坊(浄土真宗本願寺派)という庵室を建立、僧賢州が元禄13年(1700)中興、梅嶺雲老(享保2年1717年寂)が黄檗宗寺院として開山したといいます。

新編武蔵風土記稿による禅林寺の縁起

(下連雀村)禅林寺
除地、3段3畝10歩。村の西往還の北側にあり。黄檗宗山城国宇治大和田村萬福寺の末なり。霊泉山松仙院と号す。当寺は此村開村の頃、松の坊と云庵ありしに、後賢州と云僧中興せし由云傳へたれど、詳なることを知らず。本堂4間に5間南向にて、本尊釈迦木の坐像長8寸許り。開山梅嶺雲老享保2年6月2日示寂す。
鐘楼。2間に3間半、鐘径2尺2寸天明6年に鋳し鐘なり。(新編武蔵風土記稿より)

「三鷹市史」による禅林寺の縁起

禅林寺 靈泉山松仙院
宇治万福寺末。下連雀開村のとき真宗松の坊がたてられたが、元禄一二年(一六九九)大風で破壊して無住となったあとに黄檗宗の梅嶺道雪を再興開山とし寺号を改めた。梵鐘(天明六年-一七八六)、報鐘(正徳元年-一七一一)があり、名墓として鴎外・森林太郎、太宰治の墓がある。(「三鷹市史」より)


禅林寺所蔵の文化財

禅林寺には、森鴎外墓、太宰治墓があります。森鴎外墓は、もと向島弘福寺にありましたが、大正12年に森家が移したといいます。

  • 森鴎外墓(三鷹市指定有形文化財)
  • 太宰治墓(三鷹市指定有形文化財)
  • 三鷹事件遭難犠牲者慰霊塔

禅林寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「三鷹市史」
  • 東京都の歴史散歩(山川出版社)