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井口院|三鷹市上連雀にある新義真言宗寺院

井口院の概要

新義真言宗寺院の井口院は、神龍山開宮寺と号します。井口院は、当地を開拓した石神井村井口八郎左衛門春重が開基となり、中野宝仙寺第十九世清長和尚を開山に迎えて寛文12年(1672)に創建したといいます。関東八十八ヵ所霊場第70番、多摩八十八ヵ所霊場3番です。

井口院
井口院の概要
山号 神龍山
院号 井口院
寺号 開宮寺
宗派 新義真言宗
住所 三鷹市上連雀7-26-26
葬儀・墓地 井口院不動堂(不動明王殿)
備考 -



井口院の縁起

井口院は、当地を開拓した石神井村井口八郎左衛門春重が開基となり、中野宝仙寺第十九世清長和尚を開山に迎えて寛文12年(1672)に創建したといいます。

境内掲示による井口院の縁起

中野宝仙寺の第十九世であった清長和尚は石神井村井口八郎左衛門春重の協力を得て薬師如来を奉安し、この地に寺を開かれました。
初めは神竜山開空寺威光院と称せられていましたが、寛文十二年(一六七二)に現在の開宮寺井口院と改称。
以来今日に至る迄、紀州根来寺の流れをくむ寺院として地域社会と密接にとけこんでまいりました。
また関東八十八ヵ所霊場第七十番、多摩八十八ヵ所霊場第三番札所として知られ、年間を通じて多くの巡礼者が訪れています。(境内掲示より)

新編武蔵風土記稿による井口院の縁起

(上連雀村)井口院
除地、二段五畝、太神宮の東に続けり。新義真言宗、同郡中野村宝仙寺の末寺なり。神立山開空寺と号す。本堂七間半に六間北向、本尊薬師木の立像長二尺余、慈覚大師の作と云、寛文十二年の起立にして開山の僧を清長と云。
閻魔堂。門の傍にあり、二間に三間許り。(新編武蔵風土記稿より)

「三鷹市史」による井口院の縁起

井口院 神竜山開空寺
中野宝仙寺末。開基井口春重、開山清長。上連雀村開発のときの創建で、開発者井口家とちかい関係のあった寺である。不動明王や、廃寺になった井口の蓮華寺の鬼子母神像などがあり、境内の中央には文政一一年(一八二八)建立の弥勒菩薩石像がある。(「三鷹市史」より)


井口院の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「三鷹市史」