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大沢八幡社|三鷹市大沢の神社

大沢八幡社の概要

大沢八幡社は、三鷹市大沢にある神社です。大沢八幡社は大沢村の守護神として、慶長年間(1596-1615)古八幡社の地に創建、元和2年(1616)僧長祐が長久寺開山と共に八幡社を当地近く(羽澤)へ遷座、大澤村の鎮守としたといいます。明治4年村社に列格、東京天文台並に国際報時所建設により、大正6年当地へ遷座したといいます。

大沢八幡社
大沢八幡社の概要
社号 八幡社
祭神 應神天皇
相殿 -
境内社 稲荷天神御両社
住所 三鷹市大沢3-7-15
祭日 -
備考 旧村社



大沢八幡社の由緒

大沢八幡社は大沢村の守護神として、慶長年間(1596-1615)古八幡社の地に創建、元和2年(1616)僧長祐が長久寺開山と共に八幡社を当地近く(羽澤)へ遷座、大澤村の鎮守としたといいます。明治4年村社に列格、東京天文台並に国際報時所建設により、大正6年当地へ遷座したといいます。

境内石碑による大沢八幡社の由緒

当八幡社は、慶長年間、一五九五の創祀にして應神天皇を奉斎し、大沢住民の守護神として崇敬されてきた。
その後、時代の変遷により当社の疲弊と老朽を憂いておりしところ、昭和四十七年四月十五日天満稲荷御両社を境内社として遷宮するにさいし、御両社より一金壹阡参百餘萬圓也を建設基金として奉納せらる。これに氏子崇敬者より浄財の寄進とをあわせ修復せるものなり。(境内石碑より)

新編武蔵風土記稿による大沢八幡社の由緒

(大澤村)八幡社
除地、一町二段十七歩、小名羽澤にあり、二間に三間の覆屋を作り、中に纔なる祠を置り、南向、元和二年の勧請なるよし、本地は弥陀の木像一尺、例祭は八月十五日(新編武蔵風土記稿より)

「三鷹市史」による大沢八幡社の由緒

祭神、応神天皇・祭礼日9月27日。慶長年間(1596-1615)の創建と伝えられる。京都石清水八幡宮を分祀し、大沢羽沢の地(現・古八幡)に鎮座させ、正八幡宮と称した。その後、慶長3年(1598)長久寺創建と共に原に遷座。村の鎮守とする。明治4年(1871)村社となる。大正4年(1915)東京天文台建設に伴い2年後に現存の地に遷座した。(「三鷹市史」より)

北多摩神社誌による大沢八幡社の由緒

慶長年間の創祀と伝えられ、村人達の総氏神として崇敬厚く京都石清水八幡宮の分祀を大沢小字羽沢通りの地を選び正八幡宮と称した(現在古八幡社鎮座)。其の後元和三丁巳年應神山長久寺住職長祐が大沢小字原一二九六番地三千六百十七坪の地に應神山長久寺開山と同時に遷座し、村の鎮守として、神佛あわせて、村人に信仰されてきた。元禄十年織田越前守御検地の際除地となり引続き代々長久寺住職別当職として奉仕し、明治四年村社に列せられ、明治六年神佛分離令により別当職が廃止された。明治十七年拝殿本殿共に老朽破損著しき為新築再建した。
大正四年東京天文台並に国際報時所の建設敷地になったため、大沢小字武蔵野一四六三番地に大正六年遷座した。(北多摩神社誌より)


大沢八幡社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「三鷹市史」
  • 北多摩神社誌(北多摩神道青年会むらさき会)