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中嶋神社|三鷹市中原の神社

中嶋神社の概要

中嶋神社は、三鷹市中原にある神社です。中嶋神社の創建年代等は不詳ながら、弘治3年(1557)古宮山にあった稲荷社と、境内にあった稲荷社の2社を慶長3年(1598)ここに合祀、明治6年村社に列格したといいます。社地奥には中仙川不動堂があります。

中嶋神社
中嶋神社の概要
社号 中嶋神社
祭神 宇迦乃御魂命、大貴己命
相殿 -
境内社 厳島神社、稲荷神社、須賀神社
住所 三鷹市中原3-4-4
祭日 -
備考 旧村社



中嶋神社の由緒

中嶋神社の創建年代等は不詳ながら、弘治3年(1557)古宮山にあった稲荷社と、境内にあった稲荷社の2社を慶長3年(1598)ここに合祀、明治6年村社に列格したといいます。

新編武蔵風土記稿による中嶋神社の由緒

(中仙川村)稲荷社
社地、一段二畝七歩、年貢地、西原にあり、本社九尺四方の覆屋、拝殿二間に三間東向、両稲荷合殿の祠宇なり、一はもとこれより四町東南古宮山と云所に鎮座せしよし、弘治三年入間郡十王坊勧請すといふ、一は此より二町餘麻生屋敷といふ所にありしをいふ、同年の勧請といふ、右二社倶に慶長三年ここに移して、一祠に祭れりとぞ古宮山に塚ある所、是その舊地なり、當社に慶長三年の棟札二枚あり、共に剥滅して文字辨ずべからず、しかしながら大檀那柴田三右衛門及麻生弾正の名氏微に見えたり、弾正は今の百姓文次郎先祖にて、甲斐國の士たりしが、此地に来て土着せしといふ、文次郎家に武田信玄の画像あり、是弾正より傳来のものと云(新編武蔵風土記稿より)

「三鷹市史」による中嶋神社の由緒

祭神、宇迦乃御魂命、大己貴命。祭礼日、10月5日。江戸期には稲荷社として「新編武蔵風土記稿」によると弘治3年(1557)の古宮山にあった稲荷社と、境内にあった稲荷社の2社を慶長3年(1598)ここに合祀したと伝えている。明治6年(1873)村社となった時点で中嶋神社と改称した。現在の牡殿は大正7年(1918)建築。元禄2年(1689)の棟札がある。。(「三鷹市史」より)

北多摩神社誌による中嶋神社の由緒

縁起創建年月は不詳であるが伝えによると、古代より稲荷大神として近隣の崇敬篤く、現存の元禄年間の棟札によってもうかがえる。明治六年十二月村社に列せられる。(北多摩神社誌より)

境内不動堂について

新編武蔵風土記稿による不動堂の由緒

(中仙川村)不動堂
堂地三畝十歩、年貢地、三間四方、西原にあり、立身の木像、長一尺餘、慈覚の作なりと云
別当大行院
堂の側にあり、富永山と號す、本山修験、小田原王瀧坊の配下、佐々木の後裔にて、鼻祖は富永勘解由左衛門と云しよし、其孫江戸の先達大學院の弟子となりて、大行院慶元と云り、當村に文殊院とて、往昔よりの修験あり元禄の頃にや、大行院来りて其業を継るよし、則今の本尊並寳物も皆文殊院の舊物なり。
寳物義貞手旗。萌黄の錦地、丸の内は白地なり、梵字は濃花色、蓮花は五色、八ヶ所の雲も五色なり、長二尺二寸許、幅七寸許図の如し
篠塚伊賀守自筆之願書
今度鎌倉追罰之□□偏蒙明王之加護、仍先陣之旗奉献候、尚所領治國之後、可有沙汰□□執達如件、元弘三年五月
篠塚伊賀
別当文殊院(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による中嶋神社の由緒

中仙川不動堂
木造不動明王立像伝慈覚大師作
江戸開府当時、青山百人組の給地であったこの地は、慶長十九年(一六一四)大阪の陣の軍功により柴田勝家の孫勝重に与えられ後北条時代の土着支配にかわって江戸を中心とする徳川幕府の新たな支配体制の中で村落を形成した。
この不動堂の濫觴については詳らかでないが、「新編武蔵風土記稿」の「中仙川村」の記録によれば、「堂地三畝十歩、年貢地、三間四方、西原にあり、立身の木像、長一尺餘、慈覚の作なりと云 別当大行院 堂の側にあり、富永山と號す、本山修験、小田原王瀧坊の配下、佐々木の後裔にて、鼻祖は富永勘解由左衛門と云しよし…云々」とある。往昔よりこの地に文殊院という修験者がおり、元禄の頃から大行印慶元という修験者によってその名も大行院と改められた。
また、文殊院時代からの宝物として、新田義貞の手旗(萌黄錦地五色、長さ二尺二寸)と、義貞の部下で屈指の強兵といわれた篠塚伊賀守自筆の、鎌倉追討に際しての願書(元弘三年<一三三三>五月)が所蔵されていたと同書に記されているが、その所在は今日も不明である。
現不動堂は間口二間、奥行三間で昭和四十年(一九六五)五月再建された。堂内には、
不動明王像 不動明王及び二童子像
摩多羅神像 烏枢沙摩明王像
役行者及び二鬼像など
五体の尊像が守護神として合祀されている。(境内掲示より)


中嶋神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「三鷹市史」
  • 北多摩神社誌(北多摩神道青年会むらさき会)