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秦良観音堂|町田市相原町の寺院

秦良観音堂の概要

秦良観音堂は、町田市相原町にある寺院です。秦良観音堂は、南北朝時代の頃に三州の人松平(松日楽)廣綱が観音像を背負って当地に土着、観音堂を建立したといいます。

秦良観音堂
秦良観音堂の概要
山号 -
院号 -
寺号 惠日庵
住所 町田市相原町4394
宗派 天台宗
葬儀・墓地 -
備考 -



秦良観音堂の縁起

秦良観音堂は、南北朝時代の頃に三州の人松平(松日楽)廣綱が観音像を背負って当地に土着、観音堂を建立したといいます。

新編武蔵風土記稿による秦良観音堂の縁起

(上相原村)観音堂
除地、陸田五畝十歩、字秦良谷にあり、二間に三間、正観音を安す、百姓持。(新編武蔵風土記稿より)

「町田市史」による秦良観音堂の縁起

秦良堂(相原町)
所在地 町田市相原町秦良谷戸。
宗派 天台宗。同村円林寺末。
山寺号なし。
開山 相原村誌に「寺地二百二十九坪慶長元申年三月十五日建立にして間口二間奥行二間」としてあり、また、南北朝のころ、松平広綱という人、正観音像を背にしてこの地にきて祀ったのがこの堂とも伝えられる。松平広綱は松日楽氏の祖なりという。
堂 嘉永元年(一八四八)焼失再築、明治一三年九月台風のため倒壊、のち三六年間なかった堂を大正四年再建という。現二間四方木造。
本尊 十一面観音(「南多摩郡相原村誌」)。ただし、『風土記稿』には「正観音を安ず」としてある。松日楽氏伝承より考えれば正観音であるし、牧地横山庄より考察すると十一面観音でもあるようだ。(「町田市史」より)

境内石碑による秦良観音堂の縁起

抑秦良観音は惠日庵と号す傳説に依れば應安の南北朝時代の頃三州の人松平廣綱-後恐れ有りとして平を日楽と改稱す-なる者大慈悲の十一面観世音の尊像を奉持此の地に来て一宇を建立安置せるを創始とす。爾来二百二十有五年を経て慶長元年三月新たに御堂を建立遷座す。松日楽一族はもとより遠近の観音信奉者年毎に増加せりと傳う。其後幾多の変遷を経て嘉永元年建立の堂宇は明治十三年九月の台風に依り倒潰し後三十有六年御堂を見ず。幸なる哉大正四年御即位の盛儀を記念し再建、今分明治百年に当り再び建立する事を得慶賀に堪えず依って茲に落慶を記念し碑を建て後世に傳えんと欲す。(境内石碑より)


秦良観音堂の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 町田市史