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三輪熊野神社|町田市三輪の神社

三輪熊野神社の概要

三輪熊野神社は、町田市三輪にある神社です。三輪熊野神社は、椙山神社と同様に元慶元年大和国の城上郡三輪の里より勧請したとの伝承があるといいます。明和4年(1767)熊野神社別当高蔵寺法印亮恰により社殿を造営、上三輪の鎮守だったといいます。熊野神社本殿とアカガシは町田市文化財に指定されています。

三輪熊野神社
三輪熊野神社の概要
社号 熊野神社
祭神 伊邪那岐命、伊邪那美命
相殿 -
境外社 -
住所 町田市三輪1925
祭日 9月21日
備考 -



三輪熊野神社の由緒

三輪熊野神社は、椙山神社と同様に元慶元年大和国の城上郡三輪の里より勧請したとの伝承があるといいます。明和4年(1767)熊野神社別当高蔵寺法印亮恰により社殿を造営、上三輪の鎮守だったといいます。熊野神社本殿とアカガシは町田市文化財に指定されています。

新編武蔵風土記稿による三輪熊野神社の由緒

(三輪村)熊野社
字宿之内別當高蔵寺御朱印地の續きにあり、上三輪村の鎮守なり、勧請の年代を詳にせず、神體は白幣なり、本社には覆屋を設け前に鳥居をたつ、例祭は九月廿一日に行ふ。(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による三輪熊野神社の由緒

元慶元年(八七七)大和国城上郡三輪の里より勧請したとの伝承がある。明和四年(一七六七)十一月別当高蔵寺法印亮恰により社殿を造営し、嘉永七年(一八四五)八月石像の三尊仏を造立して再建した。現社殿は昭和四十八年十月二十一日の造営である。御神木のアカガシは樹齢三百年のものである。(東京都神社名鑑より)

「町田市史」による三輪熊野神社の由緒

熊野神社(三輪)
当社も椙山神社と同じ元慶元年大和国の城上郡三輪の里より勧請との伝承がある。「明和四年(一七六七)十月日」の銘のある古い三本立の神幣の台座に、「別当高蔵寺住法院亮恰」とある。また、「嘉永七甲寅年八月」の銘の石像三尊仏が奉斎してある。現在の社殿は昭和四八年一〇月二一日の再建のものである。境内地に二丈をめぐる大欅があったが、古損したため伐採してしまった。
祭神は伊邪那岐・伊邪那美命をお祀りしている。
例祭は毎年九月二七日である。(「町田市史」より)

境内掲示による三輪熊野神社の由緒

元慶元年(八七七)大和の国城上郡三輪の里よりの勧請との伝承がある。明和四年(一七六七)十一月別当高蔵寺法印亮恰により社殿造営され、鎮守の神、そして氏子の崇敬の的となり、嘉永七年(一八五〇)八月石像の三尊仏を造立して再建を図る。その後昭和四年大きく増改築が施され現社殿は昭和四十八年九月氏子の総意により造営される。(境内掲示より)


三輪熊野神社所蔵の文化財

  • 熊野神社本殿(町田市指定有形文化財)
  • アカガシ(町田市指定銘木)

熊野神社本殿

当、熊野神社覆屋の内にあり、桁行二尺七寸五分(九一センチメートル)、梁行二尺四寸五分(八一センチメートル)m向拝の出二尺六分(六八センチメートル)の流見世棚造りの社殿で正面に三級の階をつけている。
屋根は板葺で、葺替えにより一部変形している。正面に千鳥破風をつけ、縁は前面のみである。縁長押、内法長押、頭貫で身舎を固め、大斗上に実肘木を組み桁を受けている。
向拝はエビ虹梁でつなぎ、向拝柱上は実肘木付三斗を組み、中備は蟇股とする。
享保七年(一七二三年)五月二八日の棟札及び本殿内の幣の台裏銘明和四年(一七六七年)があるが、絵様・刳型及び細部の造りから考え一七世紀末から一八世紀頃の特徴を示しているものと思われる。(町田市教育委員会掲示より)

三輪熊野神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑
  • 町田市史