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西町神明社|国分寺市西町の神社

西町神明社の概要

西町神明社は、国分寺市西町にある神社です。西町神明社の創建年代等は不詳ながら、当地中藤新田は享保年間(1716~35)に開発されており、当社も同時期の創建ではないかといいます。明治7年村社に列格しました。

西町神明社
西町神明社の概要
社号 神明社
祭神 天照皇大御神
相殿 -
境内社 -
住所 国分寺市西町2-27-10
祭日 -
備考 -



西町神明社の由緒

西町神明社の創建年代等は不詳ながら、当地中藤新田は享保年間(1716~35)に開発されており、当社も同時期の創建ではないかといいます。明治7年村社に列格しました。

新編武蔵風土記稿による西町神明社の由緒

(中藤新田)
記載なし。(新編武蔵風土記稿より)

北多摩神社誌による西町神明社の由緒

享保年間新田開発に伴い入植者達が鎮守として奉斎したのが縁起である。明治七年一月村社に列せられ、昭和三年二月から御大典記念事業として本拝殿を新築した。(北多摩神社誌より)

「国分寺市有形文化財調査報告書(神社・寺院)」による西町神明社の由緒

神明社は市域の西部、多摩川が刻んだ立川崖線西縁、観音寺の北側に位置し、正面の崖下に古道が走っています。『北多摩神社誌』では享保(1716-35)年間、新田開発に伴い入植者達が鎮守として奉斉したとされ、元文元(1736)年「中藤村新田検地帳」に“神明社除地長四拾間、横拾五間"とあり、境内地は崖線の高低差を利用して西面しています。社殿は本殿、本殿覆殿、本殿拝殿、境内末社等からなり、祭神は天照皇大御神とされます。
神明社が所在する付近はかつて中藤新田と称され、享保年間の開発と考えられています。親村は中藤村(現武蔵村山市)で、同村が3組に分かれており、名主の内野佐兵衛による佐兵衛組と渡辺源蔵による源蔵組がこの新田の開発を行いました。元文元(1736)年の検地帳によれば、源蔵組は観音寺の持地で、その中に除地として神明社地が600坪程含まれていました。
「神社明細帳」(東京都公文書館所蔵)によれば、明治7 (1874)年1月に村社となり、この時の氏子は24戸とされます。その後、『北多摩神社誌』では昭和3(1928)年に御大典記念事業として本殿拝殿などの建築を行ったとされます。(「国分寺市有形文化財調査報告書(神社・寺院)」より)


西町神明社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 北多摩神社誌(北多摩神道青年会むらさき会)
  • 「国分寺市有形文化財調査報告書(神社・寺院)」