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寶壽院|小平市鈴木町にある真言宗豊山派寺院

寶壽院の概要

真言宗豊山派寺院の寶壽院は、鈴木山成身寺と号します。寶壽院の創建年代等は不詳ながら、府中妙光院の塔頭だったといいます。当地鈴木新田を開拓した鈴木利左衛門春昌は、府中妙光院の塔頭を享保11年(1726)引寺、父鈴木利左衛門重広(寶壽院一宗廣心享保10年1725年卒)を開基、宥清上人(元文2年1737年寂)を勧請して開山としたといいます。多摩八十八ヶ所霊場32番です。

寶壽院
寶壽院の概要
山号 鈴木山
院号 寶壽院
寺号 成身寺
本尊 -
住所 小平市鈴木町1-129
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 -



寶壽院の縁起

寶壽院の創建年代等は不詳ながら、府中妙光院の塔頭だったといいます。当地鈴木新田を開拓した鈴木利左衛門春昌は、府中妙光院の塔頭を享保11年(1726)引寺、父鈴木利左衛門重広(寶壽院一宗廣心享保10年1725年卒)を開基、宥清上人(元文2年1737年寂)を勧請して開山としたといいます。

新編武蔵風土記稿による寶壽院の縁起

(鈴木新田)寶壽院
除地、六百坪、外に墓地三百坪、小名下にあり。鈴木山成身寺と号す。新義真言宗、同郡府中宿妙光院末。本堂七間に五間東向。本尊不動長一尺五寸、木の立像、二童子及び両大師の像其側に安ず。開山を宥清と云。元文二年十月十八日示寂。開基は当村名主の先祖利右衛門と云ものなり。法名は寶壽院一宗廣心享保十年六月十八日没す。其かみは貫井村の名主を勤めしとぞ。開基なれば其法号をとりて寺号とせり。
鐘楼。門を入て右の方にあり。二間四方、鐘は尤近来の物。
天神社。本堂に向て左の方にあり。境内の鎮守なり。(新編武蔵風土記稿より)

小平市教育委員会・小平歴史研究会掲示による寶壽院の縁起

宝寿院
享保9年(1724)鈴木新田開発の許可がおりると、開発者の鈴木利左衛門春昌は、寺社の境内地として74,300平方メートルを寄進しました。
そして、この新田を開発すべく永年にわたり苦心尽力してきた、父鈴木利左衛門重広の菩提を弔うため、享保11年(1726)武州多摩郡中宿(現府中市)妙光院の塔頭にあった寺院を引寺し、宥清上人を勧請、開山としました。
父重広を開基として、その法名「宝寿院一宗広心居士」の宝寿院をとって寺号としました。
はじめは、神隣山成身寺宝寿院と称しましたが、元文3年(1738)に村中の願いによって、開基鈴木の姓により鈴木山と改称したと伝えられています。
本堂、客殿、庫裡は、昭和37年(1962)に再建されたものです。(小平市教育委員会・小平歴史研究会掲示より)


寶壽院の周辺図