高勝寺|稲城市坂浜にある真言宗豊山派寺院

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岩船山高勝寺|聖観音菩薩像、多摩川三十三観音霊場、多摩八十八ヶ所霊場

高勝寺の概要

真言宗豊山派寺院の高勝寺は、岩船山大智院と号します。高勝寺は、鎮海和尚が応安元年(1368)に創建、江戸時代には末寺6ヵ寺、門徒13ヵ寺を擁した中本寺格の寺院だったといいます。聖観音菩薩像は、東京都指定文化財で、多摩川三十三観音霊場31番、また当寺は多摩八十八ヶ所霊場8番となっています。

高勝寺
高勝寺の概要
山号 岩船山
院号 大智院
寺号 高勝寺
本尊 胎蔵界大日如来像
宗派 真言宗豊山派
住所 稲城市坂浜551
葬儀・墓地 -
備考 多摩川三十三観音霊場31番、多摩八十八ヶ所霊場8番



高勝寺の縁起

高勝寺は、鎮海和尚が応安元年(1368)に創建、江戸時代には末寺6ヵ寺、門徒13ヵ寺を擁した中本寺格の寺院だったといいます。

新編武蔵風土記稿による高勝寺の縁起

(坂浜村)高勝寺
境内凡五町、村の巽の方にあり。その邊を高勝寺台と呼ぶ。新義真言宗、京仁和寺末、岩船山大智院と号す。開山鎮海応安元年に起立し、同八年廿一日寂せり。本堂十一間に八間西に向へり。本尊大日長四尺ばかりの坐像なり。門両柱の間二間あり。
寺宝
心経一部
弘法大師の筆。是は今の名主郡司が家に持傳へしを、寛文九年当寺へ寄附せしと云。
六字名号一幅。同筆。
観音堂。
鐘楼門。これは観音堂の門にて、則堂の正面にあり。五間に三間、鐘に銘文もあれども近き世のものなれば略せり。前に石階三十四級あり。
地蔵堂。本堂に向て左にあり。五間に四間西向なり。地蔵の像長八寸、弘法大師の作なりと云。これを岩船地蔵と号して日本三体の霊佛なりといひ傳ふ。前立の像あり。大さ本尊と同。
古碑。本堂の右の方墓所の中にあり。応永二十一年六月一日とあり。(新編武蔵風土記稿より)

稲城市掲示による高勝寺の縁起

真言宗で豊山派に属し、新編武蔵風土記稿によると、京都仁和寺の末寺であり、応安元年(1368)に創建されたことが記されている。
周辺地域に19の末寺をもっていた歴史ある寺院で、所有する文化財も多い。
東京都指定文化財の聖観音菩薩像は、現在は地蔵堂に安置されているが、もとは高勝寺の末寺で、廃寺となった妙福寺に安置されていたものである。
ケヤキの一木造りで、像高さ153㎝。藤原時代末期の作と判断されているが作者は明らかでない。
カヤの木は本堂の裏側にあり、雌株で高さ約25m、目通り幹囲6mである。都内でも最大級のカヤの大木で、稲城市唯一の天然記念物の指定文化財である。(稲城市掲示より)

廃寺となった妙福寺について

妙福寺は坂浜村小名於部屋にあったといい、僧師祐(天正10年1582年寂)が創建したといいます。

(坂浜村)妙福寺
小名於部屋にあり。戸隠山と号す。これも高勝寺の門徒なり。開山僧師祐天正十年三月十三日寂す。本堂三間四方巽向なり。本尊観音木の立像長五尺ばかり。行基菩薩の作なりと。(稲城市掲示より)


高勝寺所蔵の文化財

  • 木造聖世音菩薩立像(東京都指定有形文化財)
  • 高勝寺のカヤ(東京都指定天然記念物)

高勝寺の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿