猫の足あとによる日野市の寺院、神社など日野市の寺社案内 猫の足あとによる日野市の寺院、神社など日野市の寺社案内
猫の足あと

平山八幡神社|日野市西平山の神社

平山八幡神社の概要

平山八幡神社は、日野市西平山にある神社です。平山八幡神社の創建年代等は不詳ながら、文明10年(1478)創建との伝承があるといいます。江戸時代には、徳川家康より軍配団扇・袱紗・絹本墨書至道無難墨蹟偈語を拝領した他、社領8石7斗の御朱印状を拝領したといいます。

平山八幡神社
平山八幡神社の概要
社号 八幡神社
祭神 伊邪那岐命、伊邪那美命
相殿 -
境内社 辨天宮
住所 日野市西平山1-23-1
祭日 -
備考 -



平山八幡神社の由緒

平山八幡神社の創建年代等は不詳ながら、文明10年(1478)創建との伝承があるといいます。江戸時代には、徳川家康より軍配団扇・袱紗・絹本墨書至道無難墨蹟偈語を拝領した他、社領8石7斗の御朱印状を拝領したといいます。

新編武蔵風土記稿による平山八幡神社の由緒

(平山村)八幡社
村内にあり、若宮八幡と號す、小社にして前に鳥居あり、神體は東照宮より納め給し御軍配・団扇及び御旗なり、来由は昔より一巻の書にしるして傳たりしが、後年丙丁の為に烏有せりと、又東照宮よりの御願書あり、これは深く社内にひめおきて、たやすく人のみることをゆるさずと云、御軍配音旗之図左の如し、御軍配両面金地にて表の方朱にて日ノ丸、裏の方銀の圓月大さ各二寸六分、後は赤銅に唐草の毛彫あり、真紅打紐きれ損じて一尺許り残れり、御旗は長四尺六寸許、幅一尺三寸八分、上の方はきれてなし、今ある所の長さ四尺六寸、幅一尺三寸八分、白絹にて文字は南光坊天海僧正の書なりといふ、今御朱印社領八石七斗は村内にて御寄附あり、神主は大澤隼人助と稱して、社の傍に住せり。
狛犬二基。社内にあり、木地にて八寸許、相傳へて式内宿禰が奉納せしものなりといへど、妄誕なることは論をまたずしてしらる、されど古きものとは見えたり、又小田原北條家より賜る禁制の書札の寫しあり、元亀四年八月十五日、天正十年三月、天正十五年八月五日、以上三通あり、然れども寫しなるゆへにここにのせず。(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による平山八幡神社の由緒

創建年代不詳。文明十年(一四七八)創立との伝承がある。平山季重公寄進の白旗、徳川家光公の軍配および団扇を所蔵する。(東京都神社名鑑より)

日野市史による平山八幡神社の由緒

創建年代は不詳であるが、文明十一年(一四七九)の創建との伝承がある。古地誌によれば、徳川家より八石七斗面の朱印地を、三代将軍家光より日月紋章入軍配を、天海僧正の筆による白旗、藤原家より青銅鏡を寄せられた。三点は宝物として保存されている。(日野市史より)


平山八幡神社所蔵の文化財

  • 八幡神社社宝一括(3点)(日野市指定文化財)

八幡神社社宝一括(3点)

日野市平山の八幡神社に社宝として伝わる軍配団扇(1口)、袱紗(1口)、絹本墨書至道無難墨蹟偈語(1面)である。
軍配団扇は取柄に皮革の羽を付け漆箔で仕上げ、銅製の毛彫り(唐草模様)を施した金具が縁取られている。表は朱色で「日」を、裏は銀箔で「月」を表す。取柄は銅製の飾り金具が取り付けられ、「三葉葵」の紋が鍍金で表現されている。握りには藤が螺旋状に巻かれている。
袱紗は金糸織の上等な布地で作られ、葵紋と梅が配されている。見事な出来は、徳川所縁であることを示唆している。
絹本墨書至道無難墨蹟偈語は、「三世不可得 至道庵主 印」とあり、至道無難の通称に朱印(無難)が見られる。現在は修復され額装仕立になっている。
何れも、江戸時代前期の様相を示し、徳川家康より拝領されたと伝えられる。(日野市教育委員会掲示より)

平山八幡神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑
  • 日野市史