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落川大宮神社|日野市落川の神社

落川大宮神社の概要

落川大宮神社は、日野市落川にある神社です。落川大宮神社の創建年代等は不詳ながら、三沢部落の大宮耕地に鎮座、寛文~元禄年間(一六六一~一七〇四)に清水谷の山上(当地)に遷宮、落川村字上落川の鎮守だったといいます。

落川大宮神社
落川大宮神社の概要
社号 大宮神社
祭神 大国主神、天宇受売命、宮比売神、矢之波波伎命、大宮姫命
相殿 -
境内社 -
住所 日野市落川1108
祭日 例祭日9月15日
備考 -



落川大宮神社の由緒

落川大宮神社の創建年代等は不詳ながら、三沢部落の大宮耕地に鎮座、寛文~元禄年間(一六六一~一七〇四)に清水谷の山上(当地)に遷宮、落川村字上落川の鎮守だったといいます。

新編武蔵風土記稿による落川大宮神社の由緒

(落川村)大宮明神社
社地、四十坪、地頭除、南の山の半腹字清水谷と云所にあり、北向にて三尺三寸の祠なり、覆屋あり、二間に二間半、白幣を神體とす、上落川の鎮守なり、棟札に寛永十戌年二月廿二日とあり、この時の鎮座なるか、又修理を加へし時なるにや詳ならず、前に鳥居を立、例祭九月十九日(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による落川大宮神社の由緒

創建年代は不詳である。寛文十年(一六七〇)ころは、三沢部落の大宮耕地に鎮座してあったが、文久二年(一八六二)に現在地に奉遷したのである。その理由は明らかではないが、「新編武蔵風土記稿」によると、「その地面が河内の居住人数に対し広きに過ぎ、仕守し難きをもって酒二升を供して、その地面を譲り渡し現在の境内に遷した」また「昔、浅川が中島部落前を流れていたので、水害の影響を恐れて遷した」とも記されている。本殿は天明八年(一七八九)九月に造立された。その後、関東大震災のため、倒潰した拝殿は氏子の寄進により修復され現在におよんでいる。(東京都神社名鑑より)

日野市史による落川大宮神社の由緒

鎮座地はもと上落川の西方三沢境に近い小名大宮耕地にあったが、古浅用および程久保川の洪水氾濫により社地欠崩の危険から、寛文~元禄年間(一六六一~一七〇四)のころ現在の清水谷の山上に遷宮したと伝えられる。現在の社殿は、天明八年(一七八八)九月竣工のもので、当時境内中央の広場に建てられてあったものを、文久二年(一八六二)現在の場所に遷宮した。なお昭和二十二年社殿の増築を行っている。(日野市史より)


落川大宮神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑
  • 日野市史