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龍華山大義寺|八王子市元横山町にある真言宗智山派寺院

大義寺の概要

真言宗智山派寺院の大義寺は、龍華山と号します。大義寺は、徳翁(延元2年1337年寂)が開山となり大元寺と号して創建、清満法印(天文16年1547年寂)の代に大義寺と改めたといいます。清満法印は、足利義稙の縁戚にあたり、八幡社天満社を勧請、天龍寺を開山した名僧だといいます。多摩八十八ヶ所霊場77番です。

大義寺
大義寺の概要
山号 龍華山
院号 -
寺号 大義寺
住所 八王子市元横山町2-8-4
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 -
備考 -



大義寺の縁起

大義寺は、徳翁(延元2年1337年寂)が開山となり大元寺と号して創建、清満法印(天文16年1547年寂)の代に大義寺と改めたといいます。足利義稙の縁戚にあたり、八幡社天満社を勧請、天龍寺を開山した名僧だといいます。

新編武蔵風土記稿による大義寺の縁起

(元横山村八幡社)別當大義寺。
村の東の方にあり、龍華山と號す、新義真言宗、近郷寺方村寳生寺の末なり、開基のこと詳ならず、境内に清辨法印と刻せし石塔あり、この人應永二年五月八日寂すと云、もし開山の僧にやありけん詳ならず、本堂七間半に六間、本尊釋迦の像を安す、當寺は北野村天神の別當をも兼司るを以て、その御朱印社領の地を進退せり。
観音堂。境内にあり、三間四面
(元横山村)長光寺
除地、一段二十三歩、古街道の南の角にあり、當所大義寺の末庵なり、堂は二間に三間、本尊釋迦を安す。 (新編武蔵風土記稿より)

「八王子市史」による大義寺の縁起

大義寺(元横山村―元横山町三六)
龍華山と号し、本尊薬師如来、開山は徳翁(延元二年 一三三七 九月一三日寂)と伝えられるが、第四世に清辨法印(応氷二年 一三九五 五月八日寂)、一〇世に清満法印(天文一六年 一五四七 三月一六日寂)があり、清満は足利義稙と俗縁の関係があり、その為大永年間(一五二一~一五二七)旧称「大元寺」を「大義寺」に改めたといわれる。また、清満は八幡社(元横山町1)・天満社(北野町310)を勧請、天龍寺(北野町223)の開山である。その後、元禄年間(一六八八~一七〇三)真証上人(元禄一六年 一七〇三 一〇月一日入寂)が中興したが、昭和二〇年八月二日戦災にあい、現在の堂宇は戦後のものである。同村八幡社・同相殿(多摩文化第七号参照)・北野村天満宮新町稲荷社および焰魔堂の別当であった。末寺に同村長光寺があり、塔中に大光坊および金剛坊があったが、両坊江戸末期廃寺となった。境内に女流俳人松原庵星布の墓があり、現に都旧跡である。(「八王子市史」より)


大義寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「八王子市史」