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佛法山興林寺|八王子市子安町にある浄土宗寺院

興林寺の概要

浄土宗寺院の興林寺は、佛法山徳善院と号します。興林寺は、西山九郎兵衛が開基、本蓮社願誉(弘治3年1557年寂)が開山となり、天文12年(1543)年に創建したといいます。当地には弘安6年(1283)の板碑(弘安六年癸未六月二五日禅尼覚心)が残されており、八王子市有形民俗文化財に指定されています。

興林寺
興林寺の概要
山号 佛法山
院号 徳善院
寺号 興林寺
住所 八王子市子安町4-4-18
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



興林寺の縁起

興林寺は、西山九郎兵衛が開基、本蓮社願誉(弘治3年1557年寂)が開山となり、天文12年(1543)年に創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による興林寺の縁起

(子安村)興林寺
除地、六段二十四歩、小名宿子安にあり、浄土宗瀧山極楽寺の末、佛法山徳善院と號す、開山本蓮社願譽弘治三年丁巳八月廿五日の遷化なり、本堂六間四方、本尊彌陀を安せり、本堂の後に舊き寳塔に似たるもの破壊してありこれは昔大久保石見守が、越後の上杉謙信が建置しと云、右燈籠を此地に持来れるなりと、其後大久保が家断絶せしゆへ彼石燈籠も取捨となりしかば、ここの境内へ移せしなりと寺傳にのこりおれり。(新編武蔵風土記稿より)

「八王子市史」による興林寺の縁起

興林寺(子安村―子安町四)
山号仏法山、開山本蓮社願誉(弘治三年 一五五七 丁巳八月二五日示寂)、開基西山九郎兵衛で天文一二年(一五四三)の創立と伝えている。寛政一二年(一八〇〇)の大火で焼失、文化五年(一八〇八)当寺第一五世性誉戒深の再建で、昭和二〇年八月の戦災でまた焼失し、現在復興された。当寺には昔大久保長安が小門の自庭に越後から上杉謙信遺愛の石燈籠を持ってきたものが、その後移されて本堂後に置かれたとあるが、現存はしていない。門内に珍らしい弘安六年(一二八三)の板碑がある。蓮花上に弥陀の種子一尊、中段に三行梵字で大日如来の真言、下段に「弘安六年癸未六月二五日禅尼覚心」とある。なお新編武蔵風土記稿の子安村の項には正安三年(一三〇一)・文保三年(一三一九)の二つの古碑があると記されているが、現在不明である。ともかくここは由木方面野猿峠への道と相原御殿峠への道との合流点に当たるから鎌倉時代の八王子を研究するに重要な地点である。(「八王子市史」より)


興林寺所蔵の文化財

  • 興林寺の弘安の板碑(市指定有形民俗文化財)

興林寺の弘安の板碑

この板碑は、弘安六年(一二八三)に建立された。大正の中ごろに、歴代住職の墓地に頭部が少し見える状態で埋没していたものを掘り出して、現在の位置に保存するようになったと伝えられている。
側面は古様を示す方形加工で、頭部は欠損しているが、上部に刻まれた阿弥陀の梵字は見事である。また、蓮座の下に記された大日三種悉地真言は、全国的に見ても稀少な例である。
なお、この板碑は市郷土資料館で所蔵している文永八年(一二七一)の板碑に次ぐもので、鎌倉時代の資料としても貴重である。(八王子市教育委員会掲示より)

興林寺の周辺図

参考資料