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丹木御嶽神社|八王子市丹木町の神社

丹木御嶽神社の概要

丹木御嶽神社は、八王子市丹木町にある神社です。丹木御嶽神社の創建年代等は不詳ながら、推古天皇代(595)の創建とも、康平2年(1341)に金峰山金剛院金蔵寺が創建したともいい、滝山城山頂の地に鎮座していたといいます。天文13年(1544)当地に遷座、蔵王権現社と称し、慶安4年(1651)には江戸幕府より社領25石の御朱印状を拝領、近郷九ヶ村の鎮守社だったといいます。明治維新後御嶽神社と改称しました。

丹木御嶽神社
丹木御嶽神社の概要
社号 御嶽神社
祭神 日本武尊
相殿 神明神社(合祀)
境内社 明神神社
住所 八王子市丹木町2-294-1
祭日 4月15日
備考 -



丹木御嶽神社の由緒

丹木御嶽神社の創建年代等は不詳ながら、推古天皇代(595)の創建とも、康平2年(1341)に金峰山金剛院金蔵寺が創建したともいい、滝山城山頂の地に鎮座していたといいます。天文13年(1544)当地に遷座、蔵王権現社と称し、慶安4年(1651)には江戸幕府より社領25石の御朱印状を拝領、近郷九ヶ村の鎮守社だったといいます。明治維新後御嶽神社と改称しました。

新編武蔵風土記稿による丹木御嶽神社の由緒

(本丹木村)
蔵王権現社
社地、七間に廿間程、小名専國谷の續にあり、近郷九ヶ村の鎮守なり、本社二間に三間、拝殿二間に四間、東向、前に鳥居あり、神體は木像にて長八尺あまり、社内に随神二軀あり、立像にて長三尺餘り、背後に康永二癸未年正月十八日造立とあり、又末社の像を傳へて三十八軀あり、各手足損して全體なるはなし、例祭年々二月社日八月十三日なり、古へこの社地高月村にありしが、北條氏照瀧山の城をきづきしとき今の地に移したるとなり、按に其頃の別當は修験なりしにや、宮本坊専國坊などの住せし跡と云處あり、御朱印二十五石は村内にて御寄附なり。(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による丹木御嶽神社の由緒

康永二年(一三四一)一月十八日、金峰山金剛院が、吉野金峰山蔵王権現を滝山上の山上に勧請して蔵王権現社と称した。天文十三年(一五四四)六月六日現地に遷座再建し、慶安四年(一六五一)二十五石の御朱印を賜わった。宝暦五年(一七七五)九月および天保二年(一八三一)八月、社殿改修し明治四十三年社殿を造営した。(東京都神社名鑑より)

境内石碑による丹木御嶽神社の由緒

当御嶽神社は創立天文十三年とあるが、その歴史は古く文献に当社は、往古蔵王権現社と称し高月村にあり、今の滝山城跡山頂に蔵王堂が鎮座。社の立は推古天皇代(五九五年)滝山城築城以前の開山とある。歳移り藤原時代康平二年(一〇五九年)源義家公社を再興し社殿悉く新築した。その後北条陸奥守氏照城郭造営の際現地に移したとある。この時天文十三年六月六日である。後に御嶽蔵王権現社は近郷九ヶ村の鎮守として信仰を集めた。
江戸時代慶安二年(一六四九年)八月二十四日将軍徳川家光公より御嶽権現領として二十五領の御朱印を賜り徳川代々先祖の例により当社へ下賜。明治九年三月二十八日、御維新後朱印地社領の縁故を以って御嶽大神に並代価附与せられた。明治維新神仏分離の際現在の社号に改む。昭和二十九年宗教法人となる。(境内石碑より)


丹木御嶽神社所蔵の文化財

  • 木造蔵王権現立像、十一面観世音菩薩立像、随身立像、(都指定文化財)

丹木御嶽神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑