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西木山永福寺|府中市多磨町にある真宗高田派寺院

西木山永福寺の概要

真宗高田派寺院の永福寺は、西木山と号します。永福寺は、総州下妻栗山村永福寺の了意法師が開基となり、寛永6年(1629)深川新田嶋に一宇を創建、栗山村の栗の文字より西木山と号したといいます。承応2年(1653)小石川白山へ移転、小石川白山の地を召上げられたため、寛文4年(1665)本郷へ移転したといいます。関東大震災の後当地へ移転しています。

永福寺
西木山永福寺の概要
山号 西木山
院号 -
寺号 永福寺
本尊 阿弥陀如来像
住所 府中市多磨町2-45-1
宗派 真宗高田派
葬儀・墓地 -
備考 -



西木山永福寺の縁起

永福寺は、総州下妻栗山村永福寺の了意法師が開基となり、寛永6年(1629)深川新田嶋に一宇を創建、栗山村の栗の文字より西木山と号したといいます。承応2年(1653)小石川白山へ移転、小石川白山の地を召上げられたため、寛文4年(1665)本郷へ移転したといいます。関東大震災の後当地へ移転しています。

御府内寺社備考による西木山永福寺の縁起

伊勢国専修寺末 本郷六丁目
西木山永福寺、境内百三拾坪喜福寺借地
当寺開基了意法師総州下妻栗山村永福寺出寛永六巳巳歳深川新田嶋ニおいて一宇を起立仕村名の栗山ニ依而西木山与号、寺務相続仕廿五ヵ年を経て候処教導の便り機縁薄ニ依承応二癸巳歳小石川白山前に転地四年之後明暦二丙申年火災ニ而堂宇悉類焼仕翌年丁酉年御府内大火之節住僧生国ニ引込居去年焼失之折囲旡之捨置候故に彼地処被召上、天台宗の寺院に代地として被下置寶蔵寺の地処是也。其後寛文四甲辰年本郷六丁目禅曹洞宗喜福寺境内之中前書坪数之通拾年季ニ而借地仕候。元禄五壬申年十月三日了意卒後享保二丙申年火災の砌旧記等焼失仕粗不審二代目了智の端書ニ依而卿我昔趣を述尤総州栗山村永福寺開基不審当時彼地の寺敢退転跡之又開基寛保元年迄東本願寺末同二年壬戌十一月専修寺ニ相成申候。
本堂、南北梁間四間半東西桁行五間半。本尊阿弥陀如来、木立像長一尺恵心僧都作。
以上丙戌書上。(御府内寺社備考より)


西木山永福寺の周辺図


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参考資料
  • 新編武蔵風土記稿