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天王宮八雲神社|府中市分梅町の神社

天王宮八雲神社の概要

天王宮八雲神社は府中市分梅町にある八雲神社です。天王宮八雲神社の創建年代等は不詳ながら、社地内に天王塚古墳(六世紀後期)がある他、境内門前に古鎌倉街道が通っており、また元応元年(1319)銘の板碑の存在などから、古くより鎮座していたのではないかといいます。

天王宮八雲神社
天王宮八雲神社の概要
社号 八雲神社
祭神 素戔嗚尊
相殿 -
境内社 稲荷神社
住所 府中市分梅町1-18-5
祭日 -
備考 -



天王宮八雲神社の由緒

天王宮八雲神社の創建年代等は不詳ながら、社地内に天王塚古墳(六世紀後期)がある他、境内門前に古鎌倉街道が通っており、また元応元年(1319)銘の板碑の存在などから、古くより鎮座していたのではないかといいます。

新編武蔵風土記稿による天王宮八雲神社の由緒

(本町)天王社
除地、二段三畝廿五歩、縄の本社にして、拝殿九尺に一丈二尺、石の鳥居を建、分梅にあり。(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による天王宮八雲神社の由緒

不詳。(東京都神社名鑑より)

境内掲示による天王宮八雲神社の由緒

天王宮八雲神社「天王さま」の歴史
当天王宮八雲神社は、古くは天王宮と称され祀られて居ました。
明治初期の神仏分離令により当祭神は、神仏習合とみなされて八雲神社として多くの方達の心の拠り所として慕われ祀られてきております。
天王宮の祭神は牛頭天王、八雲神社の祭神は素盞嗚尊でありますが合祀されております。
当社の創設年は未詳であるものの、分梅通り(陣街道、古鎌倉街道)に面した境内の東北角(社地)には、元応元年(一三一九年)の木に抱かれた石板碑、享保九年九月(一七二三年)に祭神像、安永七年(一七七八年)に石造の鳥居等が現存しております。
今より遡る事約七〇〇年以前には、社は存在していたと思われています。
(中略)
また同境内にある稲荷神社も天王宮と同じく古くより祀られております。
祭神は稲荷神(宇迦之御魂神)この祭神は、農業、穀物の神様で当分梅もほとんどの家が農業を中心とした地域であった事から祀られて来たと思われております。
当社の創設年は未詳でありますが、覆屋は、平成四年九月に改築しました。
(中略)
さらに、神社境内の奥には、高倉古墳群の一つ天王塚古墳(六世紀後期)が未調査のまま唯一現存の古墳として残されております。(境内掲示(東京都神社名鑑より)


天王宮八雲神社所蔵の文化財

  • 八雲神社脇の元応の板碑(府中市指定文化財)

八雲神社脇の元応の板碑

鎌倉時代の中頃から室町時代の末までのおよそ三百年の間、府中では埼玉県秩父地方や比企地方で産する緑泥片岩を板状に加工した供養塔婆が盛んに造立されました。このような石造の供養塔婆を板碑と呼んでいます。
市内では大小様々の六百基を超える板碑がみつかっていますが、この板碑は市内では最大級であり、加えて古道の傍らにあって造立当時の面影を残しているとみられる貴重なものです。
この板碑は元応元(一三一九)年十一月八日に、大蔵近之という人物が亡き父親道仏の十七年忌追善供養のために建てたものと考えられています。
八雲神社境内のこの板碑は、風化が著しくなり現状での保存が困難になったため、現在は複製を設置しています。(府中市教育委員会掲示より)

天王宮八雲神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑