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玉川水神社|羽村市羽東の神社

玉川水神社の概要

玉川水神社は、羽村市羽東にある神社です。玉川水神社は、玉川上水築造に尽力した玉川庄右衛門・玉川清右衛門が承応年間(1652-1654)に創建、幕府が管理していといいます。大正10年水道拡張工事に際して取入口西側から現在の水道庁舎西側に移転したといいます。

玉川水神社
玉川水神社の概要
社号 玉川水神社
祭神 水分大神、水波能女命
相殿 -
境内社 -
住所 羽村市羽東3-8-33
祭日 -
備考 -



玉川水神社の由緒

玉川水神社は、玉川上水築造に尽力した玉川庄右衛門・玉川清右衛門が承応年間(1652-1654)に創建、幕府が管理していといいます。大正10年水道拡張工事に際して取入口西側から現在の水道庁舎西側に移転したといいます。

新編武蔵風土記稿による玉川水神社の由緒

(羽村)水神社
二間四方の覆屋なり、水門の邊にあり、承應年中分水目論見清右衛門・庄右衛門二人の勧請せしものなり、今に修復は官費にかかれるなり。(新編武蔵風土記稿より)

羽村町史による玉川水神社の由緒

『新編式蔵風土記稿』一多磨郡三田領羽村の神社の項に、水神社については、次の旨が記されている。すなわち「水神社は、二間四方の覆あり、玉川上水、水門の辺にある。承応年中、玉川上水目論見人、庄右衛門・清右衛門二人の兄弟が勧請したものである。今に、修復は、官費によっている」と記されている。また『狭山之栞』には北野天神(所沢市北野)の神主である栗原主殿重頼が、明暦年中玉川水取建に付祈祷したという記録があり、このことから北野天神は水神社・玉川兄弟にかかわりがあったものと考えられる。
一方、『西多摩村誌』の記しているところによると、東京市水道取入口にあり、東京市の所管に属していて、祭神は、水分大神、水波能女命である。由緒書には、本社は、多摩川上水開削後、玉川庄右衛門、同清右衛門の両人がこれを建立し、明治維新までは、幕府の所轄であったが明治初年、東京府之を管し、その後東京市に属した。明治二八年社殿を改築し、大正十年水道拡張工事に際し、旧位置の取入口西側から現在の水道庁舎西側に移転したという。
本殿は天保時代の名匠小林播摩守の作といわれ江戸時代にかかれた調布玉川絵図や、明治の頃の写真をみると、神社が水辺に臨んで鎮座しているととがわかる。(羽村町史より)


玉川水神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 羽村町史