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阿蘇神社|羽村市羽加美の神社

阿蘇神社の概要

阿蘇神社は、羽村市羽加美にある神社です。阿蘇神社は、河津祐康の臣某が建久年間(1190-1199)伊豆下田から移住、その子孫が稲荷社を創建したといいます。明治2年(1869)阿蘇神社と改称、大正3年(1914)に櫛御毛奴命、大物主神を合祀したといいます。

阿蘇神社
阿蘇神社の概要
社号 阿蘇神社
祭神 豊受媛命、櫛御毛奴命、大物主神
相殿 -
境内社 神明社、稲荷神社、八雲社、御嶽社、直日宮、日ノ神社、聖徳神社
住所 羽村市羽加美4-6-7
祭日 例祭日4月第二日曜日、10月1日
備考 -



阿蘇神社の由緒

阿蘇神社は、河津祐康の臣某が建久年間(1190-1199)伊豆下田から移住、その子孫が稲荷社を創建したといいます。明治2年(1869)阿蘇神社と改称、大正3年(1914)に櫛御毛奴命、大物主神を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による阿蘇神社の由緒

(羽村)阿蘇宮
村の西多磨川涯にあり、本社一間四方、拝殿二間に四間餘、祭神磐龍姫命、神體秘厨に納む、神職の話にそのかみ祖先の神體を見んとて、自ら潔斎して扉をひらきしに、兩眼忽ちにしゐたり、それよりの後子孫に眼病を患るもの絶ずと云、當社は平将門の勧請なりと云、天文五年の棟札あり、大旦那平朝臣三田掃部助定重とあり、是将門の後胤なりしといふ、御朱印十三石の社領を附せらる、例祭六月十三日、村内の鎮守なり、吉田派の神職にて宮川左京持(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による阿蘇神社の由緒

創建は推古天皇九年(六〇一)五月と伝えられ、領主武門の崇敬が厚く、承平三年(九三三)平将門が社殿を造営した。以後藤原秀郷、三固定重もまた社殿を造営した。小田原北条氏は永二十貰文の神領を寄せ、徳川家康は、二丁四方の馬場を寄進、神馬を放ったという。
さらに家光は十三石の朱印地を寄せ、代々家例とした。慶応四年(一八六八)朱印地を奉還、神領を上知した。明治政府より逓減禄金五十円を下賜。明治二年阿蘇神社と改称。(東京都神社名鑑より)


阿蘇神社所蔵の文化財

  • 阿蘇神社本殿(東京都指定有形文化財)
  • 阿蘇神社神輿(羽村市指定有形文化財)
  • 阿蘇神社の椎(東京都天然記念物)
  • 宮司宮川家住宅(国登録有形文化財)

阿蘇神社本殿

阿蘇神社は多摩川左岸の崖上に鎮座する旧村社です。社記によれば推古天皇九年(六〇一)の創建と伝えられています。その後承平年間(九三一〜九三八)平将門が造営し、藤原秀郷も造営したといわれています。現存する天文五年(一五三六)の棟札によれば、勝沼(現・青梅市)に本拠を置いた三田定重が七回目の改修を行ったことが銘記されています。また、現在の本殿は、昭和六一年(一九八六)の解体修理の結果発見された蟇股及び柱下の墨書から、棟札にもある延宝四年(一六七六)の再建であったことが判明しています。本殿の構造及び形式は、軸部柱真々正面四尺八寸(一・四五m)、側面四尺三寸(一・三〇m)、一間社流造、杮葺、大棟は箱根、鬼瓦付、正面及び左右両側は切目縁付、はね高欄の向拝付、脇障子止、軸部欅材、丸柱、周囲地長押、頭貫、木鼻付、正面弊軸構、小脇坂、両間板戸、側面及び背面板壁、正面木階五級、上り高欄、宝珠柱付浜縁の造りです。この本殿は建築年代の明らかな江戸時代初期の神社建築として貴重なものです。現在は覆屋の社殿内に鎮座しています。(東京都教育委員会掲示より)

阿蘇神社神輿

この神輿は、造りが近代の神輿を少し異なっていて、中心に心柱がなく、四方の円柱を箱台の下面まで貫き通し、楔で締めています。これは貴人の乗物としての形を残した古い様式で、中世神輿の形を備えているといわれています。全体の形や装飾が優美で、特に鳳凰や瓔珞(四面に垂れる飾り)をはじめ金具のデザインや細工が非常に優れています。また、この神輿の寸法などを書いた木割帳が現存し、本体とともに神輿研究上重要なものと言われています。
構造は文化15年(1818)宮大工小林藤馬(播磨)が、宮造りの技法をとり入れて製作したもので、屋根内部の束や箱台の表面に、明細な墨書の記録があって、作者や製作年代が確認できます。(羽村市教育委員会掲示より)


阿蘇神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑