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萩の尾薬師堂|武蔵村山市中央にある堂宇

萩の尾薬師堂の概要

堂宇の萩の尾薬師堂は、武蔵村山市中央にある薬師堂です。萩の尾薬師堂の創建年代等は不詳ながら、天正18年(1590)に滝山城が落城した際に、北条氏の家臣石川土佐守の娘の持仏である薬師如来を祀ったといいます。境内には「延文元年(1356)八月十六日了意禅尼」と刻された宝篋印塔が残されています。

萩の尾薬師堂
萩の尾薬師堂の概要
山号 -
院号 -
堂名 薬師堂
住所 武蔵村山市中央3-7-5
宗派
葬儀・墓地 -
備考 -



萩の尾薬師堂の縁起

萩の尾薬師堂の創建年代等は不詳ながら、天正18年(1590)に滝山城が落城した際に、北条氏の家臣石川土佐守の娘の持仏である薬師如来を祀ったといいます。境内には「延文元年(1356)八月十六日了意禅尼」と刻された宝篋印塔が残されています。

新編武蔵風土記稿による萩の尾薬師堂の縁起

(中藤村)薬師堂
小名萩尾にあり、三間に三間半の堂を東向に立、薬師は長一尺九寸許、此本尊は北條氏照の息女すめの方守本尊と云傳ふ、堂の後へ五輪の石塔を立、延文元年八月十六日了意禅尼と刻せり、長三尺許、しかれども何人の墓碑たることをしらず。(新編武蔵風土記稿より)

むさしむらやま歴史散策東コース掲示による萩の尾薬師堂の縁起

建立年代は不詳ですが、天正十八年(一五九〇)に滝山城が落城の折、北条氏の家臣石川土佐守の娘の持仏である薬師如来を祀ったといわれています。境内には、南北朝時代の「延文元年了意禅尼」と刻まれている宝篋印塔があります。(むさしむらやま歴史散策東コース掲示より)

萩の尾薬師堂所蔵の文化財

  • 萩ノ尾薬師堂の宝篋印塔(武蔵村山市指定有形文化財)

萩ノ尾薬師堂の宝篋印塔

この宝篋印塔は、延文元年(一三五六)の紀年銘がはっきり読み取れる中世石塔である。宝篋印塔は五輪塔と並んで広く普及した塔か太刀で、基礎、塔身、笠、相輪の四つの部分から成っているのであるが、この塔は現在、笠および基礎部分が残るだけである。しかし、基礎部分の二重の枠(格座間)などに延文期の関東型の宝篋印塔の特徴をよく示している。さらに、銘文には歿故了意禅尼という被葬者名と中世南北朝時代の北朝年号である延文の年号を用いた死去年月日が刻まれている。本市における数少ない中世の歴史資料として、大変貴重な文化財である。(武蔵村山市教育委員会掲示より)


萩の尾薬師堂の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿