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十二所神社|武蔵村山市三ツ木の神社

十二所神社の概要

十二所神社は、武蔵村山市三ツ木にある神社です。十二所神社は、和銅年間(708-714)の創建と伝えられ、天神七代、地神五代からなる十二代の大神を祀っているといいます。明治39年山王社、愛宕神社、神明社を合祀したといいます。

十二所神社
十二所神社の概要
社号 十二所神社
祭神 天神七大地神五代之大神、大己貴命、加久津智命、素盞嗚尊
合祀 -
境内社 -
住所 武蔵村山市三ツ木5-12-6
祭日 -
備考 -



十二所神社の由緒

十二所神社は、和銅年間(708-714)の創建と伝えられ、天神七代、地神五代からなる十二代の大神を祀っているといいます。明治39年山王社、愛宕神社、神明社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による十二所神社の由緒

(三ツ木村)十二所権現社
除地、一段九畝十三歩、字峰にあり、村の鎮守なり、上屋三間四方、内にわづかなる宮を置り、拝殿二間に三間半、鳥居を立、前に石階あり、祭る処は天七地五命なり、神主新藤捷人。
末社。天王社、疱瘡神社。いづれもわづかなる祠なり。(新編武蔵風土記稿より)

むさしむらやま歴史散策西コース掲示による十二所神社の由緒

三ツ木村の鎮守で、社伝では奈良時代和銅年間(七〇八〜七一四)の創建といわれています。以前、幹廻り4メートルにも及ぶ栂の古木があったと伝えられ、今でも境内を囲む木々が古社をしのばせています。
境内に祀られている八坂神社は天王様とも呼ばれ、毎年七月十五日の祭礼には三ツ木地区を巡行する神輿とともに三ツ木天王様祇園囃子(市技芸)が古式ゆたかに奉納されています。
祭神:天神七大地神五代之大神、大己貴命、加久津智命、素盞嗚尊(むさしむらやま歴史散策西コース掲示より)

北多摩神道青年会掲示による十二所神社の由緒

当神社は天照大御神をはじめとする天神七代、地神五代からなる十二代の大神が祀られているところから十二所神社とよばれております。
創立は元明天皇和銅元年の頃と言われております。その頃鎮座地三ツ木は貢という文字で書かれ、貢物を調製して奉るという意味を表わしていました。同時に初穂を奉る式を当神社において行われるようになったと言われております。
明治三十九年十一月に無格社の山王社、愛宕神社、神明社を合祀しました。
その他境内地には八坂神社、疱瘡神神社等が鎮座しております。例大祭は十二所神社が四月八日、八坂神社が七月十五日となっております。(北多摩神道青年会掲示より)

北多摩神社誌による十二所神社の由緒

十二所神社(三ツ木一〇八)
天神七代地神五代之大神、大己貴命、加久津智命、天照皇大神
和銅年間に創建されたものと伝わる。その頃鎮座地三ツ木は貢という文字で書かれ貢物を調製して奉るという意味を表わしている。
同時に初穂を奉る式を当神社において行われるようになったといわれる。徳川時代に至り幕府より除地として畑十四アールを与えられた。又明治三十九年十一月に無格社の山王社、愛宕神社、神明社を合祀した。(北多摩神社誌より)


十二所神社所蔵の文化財

  • 三ツ木天王様祇園囃子

三ツ木天王様祇園囃子

三ツ木天王様祇園囃子は、八坂神社の祭礼に奉納される音曲で、鳴り物には笛と太古が使われる。七節に分かれた曲を、太鼓に合わせて繰り返しながら神輿とともに三ツ木地区を巡行する。
この祇園囃子は明治二十五年頃、峰の比留間幸次郎が浅草から金村某なる人物を招いて伝授されたと伝えられている。その後、数名の有志によって継承され、現在では、「三ツ木天王様祇園囃子保存会」によって伝承されている。(武蔵村山市教育委員会掲示より)
なお、八坂神社の祭礼は、元文元年(一七三六)すでに行われていたと「増尾家文書」には記されている。また、毎年七月十五日前の日曜日が八坂神社の祭礼である。(武蔵村山市教育委員会掲示より)

十二所神社の周辺図


参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 北多摩神社誌(北多摩神道青年会むらさき会)