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廻田金山神社|東村山市廻田町の神社、旧村社

廻田金山神社の概要

廻田金山神社は、東村山市廻田町にある金山神社です。金山神社の創建年代は不詳ですが、創建年代は不詳ですが、中世に鍛冶職であった小町大膳左京主水が、鍛冶の神である金山神を邸内に祀ったことに由来すると伝えられます。江戸期には御嶽権現を合祀、明治10年には稲荷社(廻田稲荷神社)を合祀、明治40年に村内の神明社、戸隠神社を境内に遷座しています。明治6年に村社に列格しました。

廻田金山神社
廻田金山神社の概要
社号 金山神社
祭神 金山彦命
合祀 日本武尊(御嶽権現)、倉稲魂命(稲荷神社)
境内社 神明社(天照大御神)、戸隠神社(九頭龍権現)
住所 東村山市廻田町4-12-1
祭日 例祭日9月第三日曜日、4月15日
備考 旧村社



廻田金山神社の由緒

廻田金山神社の創建年代は不詳ですが、中世に鍛冶職であった小町大膳左京主水が、鍛冶の神である金山神を邸内に祀ったことに由来すると伝えられます。江戸期には御嶽権現を合祀、明治10年には稲荷社(廻田稲荷神社)を合祀、明治40年に村内の神明社、戸隠神社を境内に遷座しています。

新編武蔵風土記稿による廻田金山神社の由緒

(廻田村)金山社
除地100坪、小名下にあり。社は3尺四方、上屋1丈に2間。拝殿3間に2間東向。金山権現、御嶽権現をも合せ祭れり。神体なし。相殿なれども金山とのみ称し額にも只金山と扁す。社前に鳥居をたつ。其廻りに古木49尺、村の鎮守なり。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による廻田金山神社の由緒

金山神社の創建については、明らかではない。しかし中世に鍛冶職であった小町大膳左京主水が、鍛冶の神である金山神を邸内に祀ったことに由来すると伝えられる。
江戸後期の地誌「新編武蔵風土記稿」によれば、「金山社除地100坪、小名下にあり。社は3尺四方、上屋1丈に2間。拝殿3間に2間東向。金山権現、御嶽権現をも合せ祭れり。神体なし。相殿なれども金山とのみ称し額にも只金山と扁す。社前に鳥居をたつ。其廻りに古木49尺、村の鎮守なり」との記述がある。当時既に廻田村の鎮守であり、御嶽権現も合祀されていた。さらに境内には大樹が四、五本あったことが判明する。
明治6年に村社に列せられ、同10年1月には村内にあった稲荷社(廻田稲荷神社)が金山神社に合祀された。明治40年には、やはり村内の神明社、戸隠神社が末社として境内に遷座された。
また金山神社の社殿は大正10年に大改修されている。
祭事については、春の大祭は4月15日に秋の大祭が9月第三日曜日に執行されている。(境内掲示より)

北多摩神社誌による廻田金山神社の由緒

創建年月は詳かでないが、往古鍛冶職人小町大膳左京主水、宅部北神明の地に住み、邸内に金山神、神明神、里稲荷神等三社相殿に祀り、側に貞和七年三月十六日社殿と記してある。その後長禄三年に居を巡り田に移し、金山神社は下組の鎮守に、稲荷の神は上組に、また神明神は巡り田の境に奉斎した。明治十年一月廻り田上、下合併の際稲荷、神明社は当社へ配祀し、稲荷社(廻田稲荷神社)は今も社殿を元の位置に存し付近の人等の崇敬を集め、年々歳々初午祭を本社と共に盛大に執行してきた。当社は明治六年村社に列せられ、神明社の社殿も稲荷社と同様に、神祠は廻り田境にそのまま建立したが、大正の初めの頃祠も名実共に金山神社の境内へ移転した。また同時に戸隠神社をも境内へ移転し、現在境内末社としてその祠を保存している。(北多摩神社誌より)


廻田金山神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 北多摩神社誌(北多摩神道青年会むらさき会)



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