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神明社(南沢)|東久留米市中央町の神社

神明社(南沢)の概要

神明社(南沢)は、東久留米市中央町にある神明社です。神明社の創建年代等は不詳ながら、当地には正暦5年(994)開闢と伝えられる観音寺が江戸時代末期まであったことから、神明社もそれに準じて古くより鎮座していたのではないかといいます。現在は南沢氷川神社の兼務社です。

神明社
神明社の概要
社号 神明社
祭神 天照大神
相殿 -
境内社 一杵嶋姫命、稲荷社
住所 東久留米市中央町2-4-26
祭日 -
備考 南沢氷川神社の兼務社



神明社(南沢)の由緒

神明社の創建年代等は不詳ながら、当地には正暦5年(994)開闢と伝えられる観音寺が江戸時代末期まであったことから、神明社もそれに準じて古くより鎮座していたのではないかといいます。

東久留米市史による神明社(南沢)の由緒

旧南沢村には、村社として氷川神社があったが、別に字神明山に神明社が祭られていた。その由緒などについては、『新編武蔵風土記稿』、『社寺調書』にも記載がないので明らかではない。しかし、当社の別当寺であったと伝えられる観音寺(廃寺)と併せて考えると、その創建は、近世以前にもさかのぼるのではないかと思われる。
観音寺は、恵心僧都により正暦五年(九九四)に開闢されたと伝えられる古寺ではあるが、中世以前については不明である。
しかし、江戸初期には、この付近は中丸観音寺と呼ばれて、隆盛であったと推察される。その後、文化一二年(一八一五)、伽藍焼失とともに、大円寺の住職により兼務され、仮本堂のまま明治の終りまで続くが、その仮本堂も火災に遭い、ついに大正三年、大円寺に合併された。
神明社の歴史は、この別当寺であった観音寺の盛衰とともに移り変わったものと思われる。文化一二年の火災以後、観音寺は歴史の表に再び現れることがなかったため、神明社も『新編武蔵風土記稿』等に記されなかったのであろう。
当社の本殿は、一間社流造りで、見世棚造り、板葺の小社ながら、海老虹梁、頭貫木鼻の絵様は、古風であり、江戸中期の特徴を示している。棟札等の記録もないが、伝承では寛政ごろ(一八世紀末)の造営といわれ、ほぼそのころのものとしてよいであろう。現社殿の本殿覆屋、幣殿、拝殿とも昭和四七年の再建によるものである。(東久留米市史より)

神明社(南沢)の周辺図



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