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門前氷川神社|東久留米市氷川台の神社

門前氷川神社の概要

門前氷川神社は、東久留米市氷川台にある氷川神社です。門前氷川神社の創建年代は不詳ですが、門前村の開村時に門前村の鎮守として創建したと推定されます。明治11年門前の北側より、中心部へ遷座、明治44年当地へ遷座したといいます。

門前氷川神社
門前氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 須佐之男命
相殿 -
境内社 普賢霊神、覚明霊神、八雲神社、一山霊神、一心霊神、廣山霊神
住所 東久留米市氷川台1-12-2
祭日 -
備考 門前村の鎮守、南沢氷川神社の兼務社、境外末社:東久留米市新川町厳島神社



門前氷川神社の由緒

門前氷川神社の創建年代は不詳ですが、門前村の開村時に門前村の鎮守として創建したと推定されます。明治11年門前の北側より、中心部へ遷座、明治44年当地へ遷座したといいます。

新編武蔵風土記稿による門前氷川神社の由緒

(門前村)氷川社
年貢地、3段。村の北にあり。覆屋2間四方。村に小祠を置。南向。前に鳥居をたつ。例祭9月17日。鎮守。村民の持。社地杉雑木繁茂す。
金山社
年貢地、9畝15歩。氷川社の並にあり、小祠。南向。前に鳥居をたつ。村内浄牧院の持なり。
(新編武蔵風土記稿より)

東久留米市史による門前氷川神社の由緒

江戸時代、氷川神社は、門前村の北にあって、その隣りに並んで、金山社があったが(『新編武蔵風土記稿』)、明治一一年、鎮守が部落から遠いのはよくないということで、現在、覚宗稲荷社のある左手に移された。その後、明治四四年、現在地に移された。古老の話ではとの現社地の西二〇〇メートルほどのところに、江戸時代の旧社地があり、文化八年に建立された社殿があったという。
明治四四年遷宮の時には、社殿は南向きで、その前方に参道、鳥居があったが、昭和四六年、現社殿が再建された際に、道との関係から東向きとし、参道、鳥居の配置も変えている。
社寺を数度にわたり移し、社殿の向きも変えているため、古くから伝えるものはほとんど失われているが、文化八年(一八一一)、社殿を再建した際に奉納したといわれる、全長一〇メートルにも及ぶ幟が一基残っている。なお金山社は、現在氷川神社境内に末社として祀られている。(東久留米市史より)


門前氷川神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東久留米市史


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