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東本願寺|浄土真宗東本願寺派本山

東本願寺の概要

浄土真宗東本願寺派本山の東本願寺は、台東区西浅草にある寺院で、浄土真宗東本願寺派本山東本願寺と称します。徳川家康の命で教如が創建した江戸神田道場光瑞寺に始まり、明暦の大火後現在地に移りました。広い寺域と多くの堂塔を持ち、正徳元年(1711)以降朝鮮通信使の宿舎となっていました。1988年に結成された浄土真宗東本願寺派の本山で、かつては東京本願寺と呼ばれていました。

東本願寺
東京本願寺の概要
山号 -
院号 -
寺号 浄土真宗東本願寺派本山東本願寺
住所 台東区西浅草1-5-5
宗派 浄土真宗東本願寺派
葬儀・墓地 境内墓所受付中
備考 浄土真宗東本願寺派本山



東本願寺の縁起

東本願寺は、徳川家康の命で教如が創建した江戸神田道場光瑞寺に始まり、明暦3年(1675)当地に移りました。広い寺域と多くの堂塔を持ち、正徳元年(1711)以降朝鮮通信使の宿舎となっていました。1988年に結成された浄土真宗東本願寺派の本山です。

東本願寺所蔵の文化財

  • 木造阿彌陀如来立像(東京都指定有形文化財)
  • 絹本着色親鸞上人絵伝(台東区登載文化財)
  • 絹本着色親鸞上人絵伝(台東区登載文化財)
  • 銅鐘(台東区登載文化財)

絹本着色親鸞上人絵伝(昭和63年度登載)

東本願寺は天正19年(1591)江戸筋違門外(現千代田区外神田)に「光瑞寺」の寺号で創建、明暦3年(1675)現在地に移転しました。
この絵伝は3幅の掛幅装で、各々縦140cmほど、横80cmほど。浄土真宗の開祖親鸞の生涯から13の逸話を選び、各幅の画面を四~五段に分けて描いています。
制作年代は不明ですが、ゆったりとした大らかな構図、きびきびとして力強く、素朴な味わいのある図柄であることから、室町時代末期までの制作と考えられます。さらに、本絵伝は13段形式ですが、室町末期以後に制作された絵伝の多くは15段で構成されていることも、この推定を裏付けています。
この絵伝は、室町時代の絵画の特徴を伝える貴重な美術資料です。

絹本着色親鸞上人絵伝(平成4年度登載)

親鸞上人絵伝は、浄土真宗の開祖と仰がれる鎌倉時代の僧侶親鸞(1173-1262)の一生を描いたものです。およそ3種類の形式があり、絵の構成を13段に分けた専修寺本、14段の西本願寺本、15段の東本願寺本と、それぞれ呼ばれています(この場合の東・西本願寺は京都の寺名です)。
本図は4幅で、各々縦131cm、横78.2cm。親鸞の生涯を15段に分けた、典型的な東本願寺本の一種です。第1幅裏面の銘文によると、慶長20年(1615)の銘が墨書され、ほぼこの頃の制作と思われます。保存状態はきわめて良好で、華麗な彩色を遺しており、東本願寺本の形式をよく伝えるものとして、貴重な絵画です。

銅鐘(平成14年度登載)

東本願寺は浄土真宗の寺院で、天正年間(1573-92)の草創と伝えられます。創建の地は詳らかではありませんが、慶長年中に神田筋違門橋外に移転し、慶長14年(1609)に神田明神下へ、さらに明暦の大火(1657)以後、当地に移転したと伝えられます。
本銅鐘は青銅製。総高は302センチ。銘文に寛永7年(1630)12月28日の紀年銘があります。撰文は東本願寺13世宣如光従です。
本銅鐘を鋳造した鋳物師は明らかではありませんが、撞座や龍頭、下帯にある唐草文の意匠から、江戸時代初期に活躍した鋳物師、長谷川越後守による鋳造と推定されます。長谷川越後守を名乗る鋳物師は、吉家と家吉が知られており、いずれも十七世紀に活躍しています。とくに吉家は元和・寛永期に作例を残しており、本鐘も長谷川越後守吉家によって鋳造されたと考えられます。
本銅鐘は区内に現存する銅鐘の中でも古いものに属します。また大きさは、区内随一の巨鐘です。


東本願寺の周辺図


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