了源院|台東区下谷にある臨済宗妙心寺派の寺院、火除観音
了源院の概要
臨済宗妙心寺派寺院の了源院は、覚法山と号します。正保元年(1644)徳翁(貞享2年1685年寂)が創建したといいます。当寺の本尊火除観音菩薩は、鎌倉建長寺開山大覚禅師が感得したと云われ、元寇の際に本観音を護持していた佐久間貞国が難を逃れたと伝えられ、火除観音と称されます。
| 山号 | 覚法山 |
|---|---|
| 院号 | 了源院 |
| 寺号 | - |
| 本尊 | 火除観音菩薩 |
| 住所 | 台東区下谷3-6-6 |
| 宗派 | 臨済宗妙心寺派 |
| 葬儀・墓地 | - |
| 備考 | - |
了源院の縁起
了源院は、正保元年(1644)徳翁(貞享2年1685年寂)が創建したといいます。当寺の本尊火除観音菩薩は、鎌倉建長寺開山大覚禅師が感得したと云われ、元寇の際に本観音を護持していた佐久間貞国が難を逃れたと伝えられ、火除観音と称されます。
新編武蔵風土記稿による了源院の縁起
同末(禅宗京都妙心寺末)覚法山と号す。本尊釈迦。当寺は正保元年の創立にて徳翁貞享2年寂す。堂中に毘首羯摩の作れる観音を安せり。火厄除観世音と称す。土人は火除観音とのみ唱へ此邊の小名をも火除と呼り。縁起の略に云、相州鎌倉建長寺開山大覚禅師、西土長白山に登り此像を感得す。帰化の火携来巨福山を開くに及ひて山中に安置す。其後故あり佐久間貞国に傳はり、元弘の乱に貞国苦戦して危かりし時、此薩埵の号を念誦し難を免るることを得たり。依て信ずること弥深く、頓て世をいとひ彼の像を護持て下野国那須に住せり。其後遥の星霜を経て若原道冶と云もの、当寺を開基して此像を安ず。道冶は延宝2年卒す。其祖は貞国に仕へし者なりを云。(新編武蔵風土記稿より)
了源院の周辺図
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了源院本堂
