妙極院|台東区池之端にある真言宗霊雲寺派の寺院、霊雲寺塔頭
妙極院の概要
真言宗霊雲寺派の妙極院は、宝林山と号します。霊雲寺塔頭として、元禄11年に霊雲寺開山浄厳和尚が当地に創建しました。
| 山号 | 宝林山 |
|---|---|
| 院号 | - |
| 寺号 | 妙極院 |
| 住所 | 台東区池之端2-5-30 |
| 宗派 | 真言宗霊雲寺派 |
| 葬儀・墓地 | - |
| 備考 | - |
妙極院の縁起
妙極院は、元禄11年に霊雲寺開山浄厳和尚が当地に創建しました。
湯島霊雲寺塔頭 下谷七軒町 宝林山妙極院、境内拝領地1300坪。
起立之儀は、霊雲寺開山浄厳和尚、元禄11年12月6日拝領仕候。霊雲寺墓地ニ御座候。
客殿、本尊大日如来木坐像丈1尺3寸古雲長作。右は月光院御持念仏、宝暦2年10月10月御逝去之砌、思召を以って霊雲寺ニ御寄附ニ御座候。依之葵御紋御戸帳有之候。(御府内寺社備考より)
妙極院にある東京都指定文化財
- 浄厳律師墓
- 樋口定伊墓(馬庭念流18代、幕末の剣豪)
浄厳律師墓
浄厳律師は、江戸時代の真言宗を代表する高僧の一人である。寛永16年(1639)、河内国錦部郡鬼住村に生まれる(現大阪府河内長野市)。俗称上田氏。慶安元年(1648)、高野山で悉地院雲雪を師として出家した。字は覚彦。諱は雲農、のち浄厳。妙極堂などの号がある。修行・学問に努め、「法華経秘略要鈔」「悉曇三密鈔」「諸真言要集」など多数の著作がある。特に悉曇学(梵字・梵語の音声や書法の学問)に大きな業績を残した。 寛文11年(1671)下山して、各地で教化に努めた。元禄4年(1691)、柳沢吉保の邸宅で五代将軍綱吉に謁見して、普門品(観音経)を講じた。綱吉は深く帰依し、浄厳を開基として、霊雲寺を創建した(文京区湯島2丁目)。同11年(1698)、幕府より霊雲寺墓所地として当地を拝領(1300坪)、妙極院が創建された。 同15年(1702)6月27日、64歳で没した。当地のほか、郷里の延命寺にも墓がある(大阪府河内長野市)。(台東区教育委員会掲示より)
妙極院の周辺図
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妙極院山門
