称念寺|台東区元浅草にある真宗高田派の寺院
称念寺の概要
真宗高田派の称念寺は、光澤山満志願院と号し、慶長3年の草創です。元浅草唯念寺、溜池の澄泉寺と共に真宗高田派本山専修寺の分院格で、塔頭5ヶ寺(覚音寺、歓名寺、願信寺、最尊寺、本行寺)を擁していました。
| 山号 | 光澤山 |
|---|---|
| 院号 | 満志願院 |
| 寺号 | 称念寺 |
| 住所 | 台東区元浅草3-18-2 |
| 宗派 | 真宗高田派 |
| 葬儀・墓地 | - |
| 備考 | - |
称念寺の縁起
称念寺は、慶長3年に江戸に草創しました。元浅草唯念寺、溜池の澄泉寺と共に真宗高田派本山専修寺の分院格で、塔頭5ヶ寺(覚音寺、歓名寺、願信寺、最尊寺、本行寺)を擁していました。
伊勢国一身田専修寺末 浅草新寺町 光沢山満志願院称念寺 境内拝領地1705坪。
起立之儀者慶長3年ニ御座候。
開山授法印正伝大僧都。寛永9年10月9日寂。勢州白子田端道場現住ニ而田端道場寿善寺と称、当寺兼帯処ニ御座候。
神君様御料国之砌関東ニ致遊化、慶長3年祢宜町ニおいて地処拝領仕、当寺致草創。同12年野之倉へ移、正保元年当所へ替地被仰付、巳後連綿いたし住居仕候。其節寺社奉行安藤右京亮殿、松平出雲守殿ニ而御座候。
本堂、本尊阿弥陀如来、立像2尺6寸恵心僧都之作。
祖師聖人親鸞之木造、無上院宮真影画像、聖徳太子木立像、七祖真影画像。(以下中略)
塔頭5軒。
覚音院(現覚音寺)、歓名寺、願信寺、最尊寺、本行寺。
唯念寺、称念寺、溜池の澄泉寺と三ヶ寺ハ一身田の考分なり。考分とハ院家の心なり。(江戸砂子)(御府内寺社備考より)
称念寺にある台東区登載文化財
- 木造親鸞上人坐像
- 木造阿弥陀如来立像
木造親鸞上人坐像
本像は、浄土真宗の開祖親鸞の坐像です。像高は43.8cm。目は細く切れ長で、口をすぼめ、鼻の下部に皺のある親鸞の特徴的な顔貌を表現しています。
像の底部に「仏師 康以」という銘文があります。康以という人物の経歴は明らかでありませんが、愛知県岡崎市の浄土真宗満性寺には明暦3年 (1657)に康以の制作した親鸞像があります。この像は、称念寺の親鸞像とよく似ており、ふたつの親鸞像の作者康以は同一人物と思われます。そして、満性寺親鸞像は明暦3年の制作が確かですので、称念寺の親鸞像も同じ頃(17世紀半ば)の制作と推定できます。
このように、本像は作者の名が明らかで、区内に現存する親鸞像の中でも比較的古い時代に制作されました。加えて、親鸞の顔の特徴をよく表現していることなど、優れた肖像彫刻のひとつで、貴重な文化財です。
木造阿弥陀如来立像
称念寺は、真宗高田派の寺院です。慶長3年(1598)日本橋に起立し、正保元年(1644)現在地へ移転しました。
木造阿弥陀如来立像は、称念寺の本尊です。像高78.2cm、ヒノキ材で、割矧造という構造で制作されています。制作年代は、ふっくらとした面の取り方、左足を前に出す形、衣の線にやや形式化した固さが見られることなど、鎌倉時代後期の特徴が表われています。
また、本像の底部には、江戸時代の天明3年(1783)に修理を行なった旨を記し、その中に「法橋洞月顕信」という名があります。この「顕信」は当寺所蔵の「仏涅槃図」を描いた絵師で、本像修理の際に漆等の塗りを担当したものと思われます。
本像は、鎌倉後期制作という古い仏像である上、江戸時代の修理のさまをも伝えてくれる貴重な仏像です。
称念寺の周辺図
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称念寺本堂