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熱田神社|台東区今戸の神社

熱田神社の概要

熱田神社は、台東区今戸にある神社です。熱田神社は永禄年間(1558-1569)に山谷村百姓一同が鳥越近郷の鎮守と奉斎して創建、正保2年(1645)社地が御用地となり住民と共に当地附近へ遷座したといいます。

熱田神社
熱田神社の概要
社号 熱田神社
祭神 日本武尊、橘姫命
相殿 -
境内社 弁財天社、八幡社、青木稲荷社、庚申金毘羅合殿、天満宮疱瘡神福寿稲荷合殿、霊神社
住所 台東区今戸2-13-6
備考 村社



熱田神社の由緒

熱田神社は永禄年間(1558-1569)に山谷村百姓一同が鳥越近郷の鎮守と奉斎して創建、正保2年(1645)社地が御用地となり住民と共に当地附近へ遷座したといいます。

御府内寺社備考による熱田神社の由緒

御府内備考続編巻之二十神社部二十
新鳥越町
熱田明神社、社地那四百五坪内除地三百坪御年貢地百五坪正保二酉年迄元鳥越町二有之候処、氏子共一円御用地二相成候二付当所江替地被 仰付、東側北角二而表間口田舎間五間裏行弐拾間之大門同続奥二而間口拾間裏行弐拾間、都合三百坪之除地被下置候処、其後年
月不知、表大門続表間口四間四尺裏行弐拾弐間半之御年貢地、町内氏子共致寄附、右地所御年貢等之儀者氏子共より差出し来り申候。
正月元日五日迄御武運長久天下泰平之御祈祷奉申上候。同月六日、御礼之節箱万度御祓献上仕来申候。
渡り祭礼隔年二相渡し、毎年六月十五日、神輿町内江相渡し来申候。尤其段寺社御奉行処御月番江年々御届ヶ申上、町内は、町奉行所江相願、当日為見分組同心衆両人被罷越候。
本社、九尺四方土蔵造。幣殿、間口二間奥行五間五尺。拝殿、間口三間半奥行三間。
祭神日本武尊。
神楽殿、二間ニ二間。
末社
弁財天社、四尺五寸ニ四尺。八幡社、四尺四方。青木稲荷社、六尺四方。庚申金毘羅合殿、四尺四方。天満宮痕瘡神福寿稲荷合殿、五尺五寸五尺。霊神杜、六尺四方。
木鳥居一基、高一丈三尺社間一丈一尺。
神木樫 本社之後二有之候。
神主茅根河内。
以上乙酉書上
明和二酉年二月改
除地浅草新鳥越
熱田明神社三百坪、橋場神明(註:現石浜神社)神主鈴木兵部兼帯
右熱田明神社地三百坪之除地、先々代浅草鳥越明神(註:現鳥越神社)神主鏑木豊後致兼帯神主職社役相勤来候処、社役遠方ニ而兼帯相勤兼候ニ付、橋場明神(註:現石浜神社)之神主鈴木兵部義熱田明神之近所ニ罷在候間兼帯役之儀、末々迄右兵部江相譲度旨、尤兵部も譲請豊後是迄勤来候通相勤度旨、両神主願出候ニ付順之通差免候。御府内寺社帳。
社伝ニ云、起立は元鳥越と同年なり。元鳥越に三社あり。熱田大明神、鳥越大明神註:現鳥越神社)、第六天(註:現第六天榊神社)、しかる処、正保年中、元鳥越御用地になりて、其時三谷村に熱田の社を引、此時元鳥越百姓数十軒移り、改て新鳥越と称し、宝暦年中迄元鳥越神主鏑木豊後か兼帯なりしに、故有て橋場神明(註:現石浜神社)神主の兼帯となるなり。祭神日本武尊。祭礼十一月十五日、隔年なり。(御府内寺社備考より)

東京都神社名鑑による熱田神社の由緒

創建は元亀二年末(一五七一)六月と伝えられているが、『御府内寺社帳』によれば、「元鳥越と同年なり」と書かれている。その昔、元鳥越には、熱田大明神・鳥越大明神(鳥越神社)・第六天(第六天榊神社)の三社が鎮祭されていた。正保年間(一六四四-七)に、元鳥越一帯の地は幕府御用地に指定され、当社は武蔵国豊島郡三谷村に移ることになった。正保二乙酉年(一六四五)六月、社殿が新築され、元鳥越の氏子数十戸とともにこの地に遷座され、町名も新鳥越と改められた。社殿は宝永(一七〇八)・文政(一八二四)・文久(一八六一)、明治年間に修理・改築を重ねたが、大正十二年の関東大震災のため焼失した。同十三年六月、仮社殿を再建したが、区画整理のため、昭和二年十一月に現社地に遷座された。町名も明治の末には吉野町となり、その後、今戸と変わった。先年の火災を考慮して、本殿を鉄筋コンクリート造にしたため、昭和二十年三月十日の東京大空襲にも本殿だけは炎上をまぬかれた。(東京都神社名鑑より)


熱田神社の周辺図


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