猫の足あとによる台東区の寺院、神社など台東区の寺社案内 猫の足あとによる台東区の寺院、神社など台東区の寺社案内
猫の足あと

浅草神社|台東区浅草の神社、浅草七福神の恵比寿神

Yahoo!ブックマークに登録

浅草神社の概要

浅草神社は、浅草寺本尊の観音像を拾い上げた桧前浜成命、桧前竹成命、奉安した土師真中知命、及び東照宮を祭神とします。浅草七福神のひとつ恵比寿神です。

浅草神社拝殿
浅草神社の概要
社号 浅草神社
祭神 土師真中知命、桧前浜成命、桧前竹成命、東照宮
相殿 -
境内社 被官稲荷社
住所 台東区浅草2-3-1
備考 旧郷社、浅草七福神の恵比寿神、旧別当寺:浅草寺


※御朱印はいけみずさんよりの寄贈


浅草神社の由緒

浅草神社の創建年代は不詳ですが、浅草寺本尊の観音像を網で拾い上げた桧前浜成、桧前竹成及び浅草寺の観音像を奉安した土師真中知を祭神としていたといいます。

台東区教育委員会掲示による浅草神社の由緒

明治初年の文書によると、祭神は土師真中知命、桧前浜成命、桧前竹成命、東照宮である。浜成と竹成は隅田川で漁猟中、浅草寺本尊の観音像を網で拾い上げた人物、真中知はその像の奉安者といわれている。三神を祀る神社なので、「三社様」と呼ばれた。しかし鎮座年代は不詳。東照宮は権現様すなわち徳川家康のことで、慶安2年(1649)に合祀された。以来、三社大権現といい、明治元年(1868)三社明神、同6年浅草神社と改称した。
現在の社殿は慶安2年12月、徳川家光が再建したもの。建築様式は、本殿と拝殿との間に「石の間」(弊殿・相の間ともいう)を設け、屋根の棟数の多いことを特徴とする権現造。この社殿は江戸時代初期の代表的権現造として評価が高く、国の重要文化財に指定されている。毎年5月に行われる例祭は「三社祭」の名で知られ、都指定無形民俗文化財「びんださら」の奉演、百体近い町神輿の渡御があって、人々が群集し、賑やかである。(台東区教育委員会掲示より)

台東区教育委員会掲示によ境内社被官稲荷社の由緒

安政元年(1854)、新門辰五郎の妻女が重病で床に伏したとき、山城国の伏見稲荷社に祈願した。その効果があって病気全快、同二年、お礼の意味を込め、伏見から祭神を当地に勧請し、小社を創建して被官稲荷社と名付けた。名称の由来は不詳だが、被官は「出世」と解せば良いという。
辰五郎は上野寛永寺住職輪王寺の家来、町田仁右衛門の養子。本姓は町田であった。輪王寺宮舜仁法親王が浅草寺伝法院に隠居し、上野へ行くのに便のいい新門を造った。その門の番を命じられたので、新門辰五郎と呼ばれた。辰五郎は町火消十番組頭としても、多彩な活躍をした。
社殿は一間社流造、杉皮葺。創建以来のもの。間口約1.5m、奥行約1.4mと小さいが、覆屋を構えて保護している。覆屋は大正期の建築であろう。社前には、「安政二年九月立之 新門辰五郎」と刻む鳥居ほかがある。(台東区教育委員会掲示より)

浅草神社所蔵の文化財

  • 浅草神社社殿(日本国重要文化財)
  • びんださら(東京都指定無形民俗文化財)

浅草神社の周辺図


大きな地図で見る
Yahoo!ブックマークに登録