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大徳院|高野山金剛峰寺直末一等格院金剛格、墨田区両国にある高野山真言宗の寺院

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大徳院の概要

高野山真言宗大徳院は、貞享2年(1686)に江戸幕府から現在地を拝領し、高野山金剛峰寺直末一等格院金剛格大徳院として、江戸における高野山大師信仰の中心で、高野山を開いた弘法大師の大と徳川家の徳を合わせて大徳院の寺名が名付けられており、徳川家の位牌所・祈願所でした。明治18年に高野山別院としての機能を高野山東京別院に返上し、一地方寺院として活動しています。御府内八十八ヶ所霊場50番札所です。

大徳院
大徳院の概要
山号 -
院号 大徳院
寺号 -
住所 墨田区両国2-7-13
宗派 高野山真言宗
葬儀・墓地 -
備考 御府内八十八ヶ所霊場50番札所



大徳院の縁起

大徳院は高野山真言宗のお寺です。総本山は文禄3年(1594)、和歌山県の高野山に、徳川家康によって開かれました。高野山を開いた弘法大師の大と、徳川家の徳をとって、「大徳」と称しました。それ以来、徳川家の勢力を背景に、全国に末寺ができましたが、大徳院は、高野山金剛峰寺の諸国末寺の総触れ頭として、寛永年間(1624-39)、神田紺屋町に屋敷を拝領し、寛文6年(1666)本所猿江に移転の後、貞享元年(1684)2月、1200坪の土地をこの地両国に拝領し、移転しました。
本尊は薬師如来で、俗に「本所一ツ目の寅薬師」といわれ、眼病治癒に効き目があったことで信仰されていました。また、宝暦年間(1751-64)に開かれた御府内八十八ヶ所霊場の中の第五十番になっています。(ぶらり両国街かど展実行委員会掲示より)

大徳院の周辺図


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