野見宿禰神社|墨田区亀沢の神社、相撲の神様
野見宿禰神社の概要
野見宿禰神社は、当社の東側初代高砂親方の部屋があったとき、初代高砂親方の尽力により、元津軽家の屋敷跡である当地に明治17年(1884)に創建したといいます。当社は相撲の神様として野見宿禰を祀り、現在に至るまで相撲協会や関係者の崇敬を集めています。
| 社号 | 野見宿禰神社 |
|---|---|
| 祭神 | 野見宿禰(相撲の神様) |
| 相殿 | - |
| 境内社 | 稲荷社 |
| 住所 | 墨田区亀沢2-8-10 |
| 祭日 | - |
| 備考 | 相撲の神様 |
野見宿禰神社の由緒
野見宿禰神社は、当社の東側初代高砂親方の部屋があったとき、初代高砂親方の尽力により、元津軽家の屋敷跡である当地に明治17年(1884)に創建したといいます。当社は相撲の神様として野見宿禰を祀り、現在に至るまで相撲協会や関係者の崇敬を集めています。
野見宿禰神社所蔵の文化財
- 歴代横綱の石碑
歴代横綱の石碑
昭和ニ七年(1952)11月、日本相撲協会によって歴代横綱の名を刻んだ石碑が二基建てられました。一基は、初代明石志賀之助から四六代朝汐太郎まで、もう一基は、四七代柏戸剛から六八代朝青龍明徳までの名が刻まれ、追刻できるようになっています。
この野見宿弥神社は、明治一七年(1884)に創建され、もと同神社の東側に高砂浦五郎(初代高砂親方)の部屋があったとき、浦五郎の尽力で元津軽家の屋敷のあとに相撲の神様として野見宿弥を祀りました。
玉垣の石柱には、力士や相撲関係者の名前が刻まれているほか、今でも本場所前には関係者らが祈願行事に訪れるなど、角界が厚く信仰する神社であることがわかります。(墨田区教育委員会掲示より)
歴代横綱の石碑
かつて当社の東側に相撲の高砂部屋がありました。明治18年(1885)に親方の高砂浦五郎が、津軽上屋敷の跡地であったこの地に、相撲の神様として知られる野見宿禰を祀ったのがこの神社の起こりです。
石垣の石柱には、力士や相撲関係者の名前が刻まれており、本場所前には必ず相撲協会の神事が行われています。
境内には昭和27年(1953)に相撲協会によって建てられた歴代横綱があり、その1基には初代の明石志賀之助から46代朝潮太郎までの名前が、もう1基には47代柏戸剛以降の名前が刻まれています。
(ぶらり両国街かど展実行委員会より)
野見宿禰神社の周辺図
大きな地図で見る

野見宿禰神社鳥居
境内社稲荷社