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心月院|杉並区梅里にある曹洞宗寺院

心月院の概要

曹洞宗寺院の心月院は、陽光山号し、慶長16年(1611)江戸南八丁堀に出羽国庄内総穏寺の二世雲外嶺瞰が創建しました。寛永12年(1635)浅草新堀端へ移転、江戸時代は九鬼家の菩提寺となっていましたが、関東大震災後の区画整理により、当地へ移転しました。

心月院
心月院の概要
山号 瑞雲山
院号 心月院
寺号 -
住所 杉並区梅里1-4-27
本尊 金銅釈迦如来坐像
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



心月院の縁起

心月院は、慶長16年(1611)江戸南八丁堀に出羽国庄内総穏寺の二世雲外嶺瞰が創建しました。寛永12年(1635)浅草新堀端へ移転、江戸時代は九鬼家の菩提寺となっていましたが、関東大震災後の区画整理により、当地へ移転しました。

杉並区教育委員会掲示による心月院の縁起

当院は、陽光山と号する曹洞宗の寺院で、本尊は金銅釈迦如来像です。
開創は「文政寺社書上」によると、慶長16年(1611)江戸南八丁堀(現中央区八丁堀)に寺地を拝領して創建され、その後、寛永12年(1635)浅草新堀端(現台東区元浅草)の替地へ移転したとなっています。
開山は出羽国庄内総穏寺の二世雲外嶺瞰(1650年寂)で、開基は古渓宗心記室禅師、中興開基は九鬼大隅守隆寛です。
元禄4年(1691)、隆寛の祖父、丹波綾部藩主九鬼家の家筋の隆幸が葬られて以来、心月院は当家の菩提寺となり、九鬼隆寛が寺容を整えました。
大正2年、浅草区の区画整理によって、現在地に移転する際、九鬼家は出自の和歌山県に転居し、同時に墓所も移しました。
なお、当院は嘉永4年(1851)類焼し、古記録を焼失し、当地においても昭和20年5月に戦災を蒙り全焼しており、詳細は明らかでありません。
また、名前のいわれについては、寛永11年(1634)九鬼良隆が、摂津国三田の曹洞宗梅林寺を心月院と改めたことから、江戸の心月院の院号も九鬼氏によって命名されたものと思われます。(杉並区教育委員会掲示より)

「杉並の寺院」による心月院の縁起

元禄4年、丹波綾部藩主九鬼隆幸が葬られて以来同家の菩提寺となり、隆幸の孫九鬼大隅守隆寛が寺容を整え、中興開基とされている。
なお、開山雲外は、本寺総穏寺開山鉄山林説の法嗣である。(「杉並の寺院」より)


心月院の周辺図


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