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長泉寺|杉並区上高井戸にある曹洞宗寺院

長泉寺の概要

曹洞宗寺院の長泉寺は、萬年山と号します。長泉寺は、世田谷烏山の「お伊勢の森」に慶安元年(1648)開創、火災に遭い明暦元年(1655)当地へ移転したといいます。

長泉寺
長泉寺の概要
山号 萬年山
院号 -
寺号 長泉寺
住所 杉並区上高井戸1-18-11
本尊 大日如来坐像
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



長泉寺の縁起

長泉寺は、世田谷烏山の「お伊勢の森」に慶安元年(1648)開創、火災に遭い明暦元年(1655)当地へ移転したといいます。

杉並区教育委員会掲示による長泉寺の縁起

萬年山長泉寺は曹洞宗の寺院で、本尊は大日如来坐像です。開山は和泉村(現狛江市)の泉龍寺二世欄室関牛といわれます。
当寺は慶安元年(一六四八)、世田谷の烏山にあった通称「お伊勢の森」に開創しましたが、二年後火災に遭い、明暦元年(一六五五)にこの地に移ったと伝えられ、現在の本堂、客殿、庫裏は、平成二十三年十月に整備されたものです。
本堂前の観音堂は「円通閣」といい、享保十三年(一七二八)に建立されたもので、西国三十三ヵ所の観音像を安置しています。また、堂内に納められている板絵着色西国巡礼図(区指定文化財)は、狩野派の絵師中田小左衛門が描いたもので、近世の風俗を知る上で貴重な資料です。
このほか、文化財としては承応三年(一六五四)、貞享元年(一六八四)銘の地蔵をはじめ石像や庚申塔も多く、本堂の前には区内でもめずらしい十六羅漢の石仏も保存されています。
また、境内の老松の下には徳本行者真筆による石塔(文化十四年一八一七)や天保十一年(一八四〇)に造られた釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩の三尊仏があり、墓地にはかつて上高井戸宿の本陣であったといわれる「武蔵屋(並木氏)」の墓(区登録文化財)があります。
なお、かつて当寺の境内では四月に「長泉寺の馬駆」、八月に「長泉寺の相撲」が行われ、近村にも有名でありましたが、明治末から大正の初め頃いずれも廃絶してしまいました。(杉並区教育委員会掲示より)

新編武蔵風土記稿による長泉寺の縁起

(上高井戸宿)長泉寺
除地、四段三畝十一歩、村の西南の方街道の傍にあり、禅宗曹洞派、和泉村泉龍寺末、萬年山と称す、客殿九間半に六間半東向なり、本尊大日長一尺許を安す、其作をしらず、開山欄室關牛、明暦三年七月二日示寂す。
観音堂。客殿に向かて右にあり、北向にて三間四方、観音は長九寸許
衆寮。観音堂の並にあり、五間半に四間北向なり。(新編武蔵風土記稿より)

「杉並区の寺院」による長泉寺の縁起

寺伝によると、当寺の開創は東方の烏山村(世田谷区)のお伊勢森であったが、慶安三年の火災の後、明暦元年に現在地に移転したという。
当寺ではかつて、毎年四月三日に観音堂の周囲で馬駈行事が行われ、「長泉寺の相撲」も近村の若者が境内に集まって盛大であったという。しかしこれも大正初年廃絶してしまった。(「杉並区の寺院」より)


長泉寺所蔵の文化財

  • 貞享元年銘石造地蔵菩薩立像
  • 享保元年銘石造青面金剛立像
  • 板絵着色西国巡礼図(享保十三年一七二八年、狩野派中田小左衛門画、区指定文化財)
  • 宝暦九年銘石造阿弥陀如来坐像
  • 石造如意輪観音菩薩坐像(通称「花園観音」、江戸期)

板絵着色西国巡礼図

当寺の観音堂に奉納されている二枚一対のこの板絵は、狩野家二代目養朴門人、絵師中田小左衛門吉信の享保十三年(一七二八)の作です。表面に巡礼姿の行列図と西国三十三番霊場の詠歌が書かれ、裏面には上高井戸村講中の個人名や絵師名などの墨書銘があります。この板絵は狩野派の珍しい風俗描写の作品であるとともに、江戸時代中期すでに観音信仰による高井戸宿講中が組織され、西国巡礼などの活動があったことをうかがわせる貴重なものです。(杉並区教育委員会掲示より)

長泉寺の周辺図


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