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成宗天祖神社|杉並区成田東の神社

成宗天祖神社の概要

成宗天祖神社は、杉並区成田東にある神社です。成宗天祖神社の創建年代は不詳ですが、約六百年前の創建と伝えられ、明治維新後には田端村字関口・中通(東田町)の鎮守となっていたといいます。明治42年田端村の北野神社(現田端神社)に合祀され、田端神社の内社となりました。

成宗天祖神社
成宗天祖神社の概要
社号 天祖神社
祭神 天照皇太神
相殿 -
境内社 -
祭日 例祭日9月15日
住所 杉並区成田東4-24
備考 -



成宗天祖神社の由緒

成宗天祖神社の創建年代は不詳ですが、約六百年前の創建と伝えられ、明治維新後には田端村字関口・中通(東田町)の鎮守となっていたといいます。明治42年田端村の北野神社(現田端神社)に合祀され、田端神社の内社となりました。

境内掲示による成宗天祖神社の由緒

神社史蹟
当神社は天照皇大神を祀る天祖神社で、旧東田町を氏子とし多くの崇敬者を始め遠隔の人々の参詣も多く、産土神と世の人に親しまれている。
当神社に纏る歴史的文献はなく、創立も詳ではないが、その昔約六百年神明社に始まるとも伝えられ、字関口南西の地に創立、爾来数多時代の変遷を経て、江戸時代には伊勢参り多く、帰りて額を納め、無病息災、五穀豊穣を祈願したと云う。
明治元年新政によって、字関口・中通(旧東田町)村の奉納する処となった。
この頃僅か二十数戸に過ぎない農村と伝えている。
明治三十九年神社合併が奨励されるに至り、同四十二年十月村内三社と共に、田端村(本村)北野神社に合祀し田端神社と改む。
其の後数年を経ず村内に不祥事相継ぎ、再び村の一角に御霊を祀ることになった。
年代の推移と共に地名も改められ、昭和二年此の社地の寄進によって同年九月神殿を流造に新築、御神体を移し奉安し祀る。以来東田町内社と呼称す。
合祀当時寄贈せる、江戸時代を始め幾多の奉納額は、色褪せ氏名の判読もできないものもあり、今も尚昔の歴史を偲ばせている。
当神社の例祭は田端神社に準じ毎年九月十二日多くの崇敬者を迎え厳に祭典の式が行われる。
因に田端神社は、昭和十三年五月村社に列格し、例祭は翌十三日多くの参詣者を始め数多崇敬者によって厳粛な大祭の儀が執り行われている。
平成八年吉月 内社社務所(杉並区教育委員会掲示より)

新編武蔵風土記稿による成宗天祖神社の由緒

(田端村)
神明社
除地、四畝二十四歩、小名関口にあり、此所の鎮守なり、本社は二尺五寸に四尺、覆屋二間に三間東向、前に鳥居をたつ、例祭は九月十九日、村内天桂寺のもちなり。
神明社
除地、一畝、是も関口にあり、わづかなる祠にて覆屋あり、南向、前に鳥居をたつ、村民の持なり。(新編武蔵風土記稿より)

「杉並の神社」による成宗天祖神社の由緒

なお、同帳に天祖神社は「祭神大日孁命(天照大神)、由緒不詳、社殿間数本殿間口二尺奥行二尺、拝殿間口三間奥行三間、境内坪数百八坪」とある。(「杉並の神社」田端神社項より)


成宗天祖神社の周辺図


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