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多武峯内藤神社|新宿区内藤町の神社、内藤清成創建

多武峯内藤神社の概要

多武峯内藤神社は、新宿区内藤町にある神社です。多武峯内藤神社は、内藤清成が当地に土地を拝領、慶長7年(1602)屋敷内の地(新宿御苑)に家祖である藤原鎌足公を祀り草創、多武峯神社として祀ったしたといいます。新宿御苑が官有地となり、明治16年当地へ遷座、昭和42年に多武峯内藤神社と改名したといいます

多武峯内藤神社
多武峯内藤神社の概要
社号 多武峯内藤神社
祭神 藤原鎌足公、天児屋根命、経津主命、武甕槌命、姫大神
相殿 -
境内社 稲荷神社、駿馬堂
住所 新宿区内藤町1-8
祭日 -
備考 -



多武峯内藤神社の由緒

多武峯内藤神社は、内藤清成が当地に土地を拝領、慶長7年(1602)屋敷内の地(新宿御苑)に家祖である藤原鎌足公を祀り草創、多武峯神社として祀ったしたといいます。新宿御苑が官有地となり、明治16年当地へ遷座、昭和42年に多武峯内藤神社と改名したといいます

東京都神社名鑑による多武峯内藤神社の由緒

慶長七年(一六〇二)、徳川家康の関東移封に従った内藤氏二代清成は慶長七年(一六〇二)、現在の新宿一帯の広大な土地を拝領し現在の新宿御苑に中屋敷を設け、寛永年間(一六三四-四三)に内藤家の始祖である藤原鎌足公の分霊を、大和国多武峯にある談山神社より勧請し、代々の藩主とともにそれを多武峯神社として祀った。明治五年九月に内藤家の中屋敷であった新宿御苑が官有地となったため、明治十六年九月に神社も御苑の中より現在の地に遷座された。なお、戦後、多武峯内藤神社と改名された。(東京都神社名鑑より)

境内掲示による多武峯内藤神社の由緒

自社は、江戸初期に初代内藤清成氏が屋敷内の地(現在の新宿御苑)に家祖である藤原鎌足公を祀り、(内藤神社)を草創したことに始まり、また藤原氏の氏神である奈良の春日大社より、経津主神、武甕槌神、天兒屋根神、姫神の分霊を勧請合祀してあります。
明治十九年に新宿御苑の地より現在地へ移設、遷座され今日に至っています。当初は武州多武峯神社と称していましたが、昭和四十二年五月に多武峯内藤神社に改称されました。(境内掲示より)


多武峯内藤神社所蔵の文化財

  • 駿馬塚(新宿区登録有形文化財より)

駿馬塚

内藤清成の駿馬の伝説にかかわる石碑である。
徳川家康は江戸入府後、家臣の内藤清成を呼び、現在の新宿御苑一帯を示し「馬でひと息に回れるだけの土地を与える」と語ったという。
清成の乗った駿馬は、南は千駄ヶ谷、北は大久保、西は代々木、東は四谷を走り、疲れ果て死んでしまったので、大樫の下に埋めたと伝えられる。
後に内藤家の森林の管理役となった中家休昌と木下正敷が、文化十三年(一八一六)八月に樫の古木の跡に塚を造り、駿馬塚の碑を建てた。
碑はその後、明治五年(一八七二)九月に現在地に移されたものである。(東京都新宿区教育委員会掲示より)


多武峯内藤神社の周辺図




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