心海寺|品川区南品川にある真宗大谷派の寺院
心海寺の概要
真宗大谷派の心海寺は、普海山と号し、本田忠峯(峯山)が正保4年(1647)に開山、本願寺12世教如上人が開基しました。
| 山号 | 普海山 |
|---|---|
| 院号 | - |
| 寺号 | 心海寺 |
| 住所 | 品川区南品川2-9-5 |
| 本尊 | 木像阿弥陀如来立像 |
| 宗派 | 真宗大谷派 |
| 葬儀・墓地 | - |
| 備考 | 墓地受付中 |
心海寺の縁起
本田忠峯は永禄9年家康に仕え、三河国佐々木を領し、天正15年泉州堺を領した。同18年小田原合戦に手疵を受け、これにより深く仏門に帰依し、峯山と称した。
品川の海辺に草庵を営み、慶長5年(1600)家康が上野小山に在陣の時、本願寺12世教如上人が陣営に見舞いとして下向の折、峯山の草庵に立寄り、その化導によって法弟となり教山と改めた。心海寺の名も教如上人の名付けたものと云われている。
心海寺にある品川区指定文化財
- 木像阿弥陀如来立像
- 心海寺文書
木像阿弥陀如来立像
当寺の本尊で、像の高さ97.4cmの寄木造の像である。
来迎印を結び、顔立ちは大変やさしい表情に作られている。体もほどよい肉付きで、衣の文様も自然な皺で質感を巧みに表しており、典型的な鎌倉様式を示している。
寺伝によると、この像は京都で制作され、当寺に運ばれたもので、鎌倉期に制作されたものとして大変貴重である。(品川区教育委員会)
心海寺文書
当寺が所蔵する文書は、江戸時代の中期から明治時代に至る多数の文書である。これらの文書は、この寺と周辺の寺院の関係や地域の歴史を語るとともに、浄土真宗の宗門研究にとって大変貴重な史料である。(品川区教育委員会
心海寺の周辺図
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心海寺山門
心海寺鐘楼