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大龍寺|品川区南品川にある黄檗宗の寺院

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大龍寺の概要

黄檗宗の大龍寺は、瑞雲山と号し、寛正4年(1463)時宗長徳寺末の明王山東光院として創建しました。元禄16年(1703)中国僧慧林を開山として黄檗宗に改宗しました。

大龍寺
大龍寺の概要
山号 瑞雲山(旧明王山東光院)
院号 -
寺号 大龍寺
住所 品川区南品川4-2-16
本尊 釈迦三尊
宗派 黄檗宗
葬儀・墓地 -
備考 -



大龍寺の縁起

大龍寺は、寛正4年(1463)時宗長徳寺末の明王山東光院として創建しました。元禄16年(1703)中国僧慧林を開山として黄檗宗に改宗しました。

大龍寺にある品川区指定有形文化財

  • 木像釈迦如来及両脇侍像(指定昭和59年2月16日)
  • 伽藍神倚像(指定昭和59年2月16日)
  • 紙本墨画淡彩蘆葉達磨図(指定 昭和60年3月14日)
  • 絹本着色羅漢図双幅(指定昭和60年3月14日)
  • 紙本墨画文殊騎士図(指定昭和60年3月14日)

木像釈迦如来及両脇侍像

中尊の釈迦如来は像高31.4cm、左右の脇侍はそれよりもやや小型、三尊とも一木造で金泥塗の坐像である。
中尊は螺髪が大きく、両手を禅定印に結ぶ。向かって右の脇侍は右手を腹前、左手を胸前に挙げ、頭部はともに宝冠をいただく。この両脇侍像は、いずれも普賢菩薩と思われる。
元禄16年(1703)、本寺が時宗から黄檗宗に転じたとき、京都宇治の万福寺本尊の胎内仏を秒したものといわれ、三尊を一つの厨子に収めて当寺の本尊とした。

伽藍神倚像

像高73.2cm、寄木造・彫眼の像で、膝を開いて椅子に腰をかける姿勢。宝冠と衣部は金泥塗である。
中国では唐・宋時代から泰山府君等を寺院の守護神とし、わが国では平安時代以来、春日明神、山王権現等の神を祀る風習があった。
この伽藍神は黄檗宗の慣例によったものと思われ、本尊が施入されたとき、同時に本堂に安置されたものと伝えられる。

紙本墨画淡彩蘆葉達磨図(

縦256.0cm、横81.0cmの軸仕立てである。
頂上に市女笠を冠り躯は粗末な法衣で包み、葦の上に立った菩薩達磨の姿である。作者は黄檗僧独堪性瑩で、江戸時代初期の天和2年-元禄16年(1682-1703)頃の作である。

絹本着色羅漢図双幅

双幅とも縦115.4cm、横45.0cmの軸仕立てで、16羅漢のうち、第六跋陀羅尊者と第十半托迦尊者を別々に描いたものであり、文化14年(1817)に谷文兆が描いたものである。
谷文兆は、中国画を研究し、狩野・土佐・南画・洋画の手法を折衷して新画風を創造した江戸時代後期を代表する画家である。

紙本墨画文殊騎士図

縦52.0cm、横20.2cmの軸仕立てである。
獅子に騎乗した文殊師利菩薩の姿を俳画風に描き、上部に賛が書かれている。文政7年(1824)義梵仙崖の作で、近年本寺に納められたものである。
仙崖の作風がよくわかる作品である。
大龍寺は、時宗東光寺として寛正4年(1463)に開創したが、元禄16年(1703)中国僧慧林を開山として黄檗宗に改宗した。

大龍寺の周辺図


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