氷川神社|品川区西五反田の神社、桐ヶ谷村鎮守
氷川神社の概要
氷川神社は、桐ヶ谷村が開拓された江戸期に創建されたものと推定されます。桐ヶ谷村の鎮守で、明治時代に桐ヶ谷村内の八幡神社、諏訪神社、第六天神神社を合社して現在に至っています。
| 社号 | 氷川神社 |
|---|---|
| 祭神 | 素盞嗚命 |
| 配祀 | 誉田別尊、建御名方命、惶根命、面足命 |
| 境内社 | 忍田稲荷 |
| 住所 | 品川区西五反田5-6-3 |
| 備考 | 桐ヶ谷村鎮守、別当寺:安楽寺 |
氷川神社の由緒
氷川神社の創建年代は不詳ですが、桐ヶ谷村が開拓された江戸期に創建されたものと推定されます。桐ヶ谷村の鎮守で、明治期41年に周辺の八幡神社、諏訪神社、第六天神を合社しています。
品川区の文化財による氷川神社の由緒
新編武蔵風土記に「昔は年貢地なりしが、元禄年中より社地免除ありしと云」とあり、この頃既にこの地に祀られていたことがわかる。
明治41年9月桐ヶ谷村に散在していた八幡神社(祭神誉田別尊)、諏訪神社(祭神建御名方命)、広智神社(祭神惶根命、面足命)を合社して現在に至っている。(品川区の文化財より)
新編武蔵風土記稿による氷川神社の由緒
境内除地5段2畝、村の中央にあり。本社は丘上にあり、7間に9尺、拝殿3間四方。石階20級を下りて鳥居を立つ。両柱の間9尺左右に古松あり囲各1丈8尺余。当社鎮座の年代詳かならず。昔は年貢地なりしが元禄年中より社地免除ありしと云。祭礼年々正月15日備射講と云ことを執行し神楽等を奏す。村内安楽寺持下四社同じ。
末社。
稲荷社。祭礼年々2月初午の日これも本社の如く備射神楽等を執行す。(新編武蔵風土記稿より)
境内掲示による末社忍田稲荷大明神について
忍田稲荷大明神(保食命)
人皇第75代崇徳天皇保延3年(1153)京都稲荷山より忍田稲荷大神を芝白金台現袖ヶ崎神社に勧請されたと伝えられる。
明治41年9月桐ヶ谷村の八幡神社、諏訪神社、第六天神社の御祭神を氷川神社に合祀さるその折、袖ヶ崎神社の忍田稲荷大神を当神社の末社として勧請し今日に至る。(境内掲示より)
氷川神社の周辺図
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氷川神社鳥居
氷川神社神楽殿
忍田稲荷大明神