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善養院|世田谷区新町にある曹洞宗寺院

善養院の概要

曹洞宗寺院の善養院は、家岳山と号します。善養院は、家嶽善養庵主が開基、明壺麟鏡和尚(或いは豪徳寺第2世門解蘆関大和尚)が開山となり創建、明治維新の際に一旦廃寺となったものの再興したといいます。

善養院
善養院の概要
山号 家岳山
院号 善養院
寺号 -
住所 世田谷区新町2-5-12
本尊 如意輪観音菩薩像
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



善養院の縁起

善養院は、家嶽善養庵主が開基、明壺麟鏡和尚(或いは豪徳寺第2世門解蘆関大和尚)が開山となり創建、明治維新の際に一旦廃寺となったものの再興したといいます。

せたがや社寺と史跡による善養院の縁起

曹洞宗に属し、家岳山善養院と称する。本尊は如意輪観音菩薩、豪徳寺の末寺である。「新編武蔵風土記稿」に「善養院除地年貢地交レリ、大山道ノ南ニアリ、家嶽山卜号ス、曹桐宗ニテ世田ヶ谷村豪徳寺ノ末ナリ、本堂七間ニ五間ナリ、本尊ハ釈迦如来座像木仏ニテタケ五寸、開基ハ家嶽善養庵主トイヘリ。此人ハイカナル者ニヤ、ソノ詳ナルコト伝ヘズ、闘山ハ明壺麟鏡和尚、寛永九年九月十二日寂セリ、薬師草本堂ノ向ニアリ、薬師仏ハ木仏ニシテ立像ナリ、丈一尺ハカリ。」と記載されているが、開山は豪徳寺第2世門解蘆関大和尚である。承応3年(1655)2月13日没した。元和2年(1616) 2月如意輪観音を納め、大庭霊前守義隆によって開基せられている。万延元年(1860)2月本堂より火を発して全焼し、不幸にも過去帳その他一切を焼失したが、文久3年(1863)には旧に優るる殿堂を再建し隆盛を見たが、明治5年再び火に呪われ全焼した。以後まもなく太政官無住無檀寺廃止令が発布され、東京府庁寺院係の巡検を受け火災後伽臨退転の放をもって所有地は本寺豪徳寺に合併され、寺はついに廃寺の処分を受じることとなった。住職大州和尚は止むなく退山したが、第27世の時漸く復興の志を起し再建に努力し、ついに明治17年本堂を建立するところとなり、かく寺運隆盛に向った。本堂86坪(283. 8m2) 、庫裡72坪(237.6m2) 、墓地409坪(1349.7m2 )を有じている。(せたがや社寺と史跡より)

新編武蔵風土記稿による善養院の縁起

(新町村)善養院
境内除地、年貢地交れり。大山道の南にあり、家嶽山と号す、曹洞宗にて世田谷村豪徳寺の末なり。本堂七間に五間なり。本尊は釈迦如来坐像の木佛にて長五寸、開基は家嶽善養庵主といへり。この人はいかなる人にやその詳なることを傳へず。開山は明壺麟鏡和尚寛永九年九月十二日寂せり。
薬師堂。本堂の向にあり薬師佛は木佛にして立像なり。長一尺ばかり。(新編武蔵風土記稿より)


善養院の周辺図


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