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浄真寺|世田谷区奥沢にある浄土宗寺院

九品仏浄真寺の概要

浄土宗寺院の浄真寺は、九品山唯在念佛院と号します。九品仏浄真寺は、越後国村上泰叟寺の珂碩上人(元禄7年1694年寂)を請うて延宝6年(延宝6年1678年)当地に創建したといいます。三佛堂が三宇あり、中央の堂に上品上生・上品中生・上品下生、北の堂に中品上生・中品中生・中品下生、南の堂に下品上生・下品中生・下品下生の計九品の佛像が納められ、九品仏として著名です。

九品仏浄真寺
九品仏浄真寺の概要
山号 九品山
院号 唯在念佛院
寺号 浄真寺
住所 世田谷区奥沢7-41-3
本尊 阿弥陀如来像
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 浄真寺開山堂を葬儀利用に可能
備考 -



九品仏浄真寺の縁起

九品仏浄真寺は、越後国村上泰叟寺の珂碩上人(元禄7年1694年寂)を請うて延宝6年(延宝6年1678年)当地に創建したといいます。三佛堂が三宇あり、中央の堂に上品上生・上品中生・上品下生、北の堂に中品上生・中品中生・中品下生、南の堂に下品上生・下品中生・下品下生の計九品の佛像が納められ、九品仏として著名です。

新編武蔵風土記稿による九品仏浄真寺の縁起

(奥沢新田村)浄真寺
境内3町9段9畝5歩、内除地9段6畝20歩、年貢地3町2畝15歩、村の北の方衾等々力両村の北にあり。境内に九品佛堂あるを以近郷の僧俗参詣のもの多し。世に奥沢の九品仏と号して人の知る所なり。九品山唯在念佛院と号す。浄土宗にて京都知恩院の末なり。相傳ふこの地はもと世田ヶ谷の吉良家の壘(砦)跡なりしと。或は云吉良家の家人大平出羽守がすみし所也と。一旦荊棘荒蕪せし地となりしを、寛文5年里正七左衛門が願ひによりてその頃の御代官野村彦太夫下知を下して寺地とせり。これよりもっぱら草創のことをはかりしが、同9年境内3町9段5歩の内、9段6畝20歩の地は諸役免除せられたりしと。その頃は珂碩上人越後国村上泰叟寺に在しを、相迎へて開山とせんことを請ひしかば、上人終に延宝6年この地へ来て住職せりと云。この後上人は元禄7年10月7日示寂す。今境内に墳墓あり。その邊に開山堂もたてり。上人の行實当はその條にしるせり。
総門。南に向ふ。両柱の間9尺余。
閻魔堂。惣門を入て右にあり。4間に3間。
中門。総門の正面にあり。南に両柱の間1間半。
仁王門。中門に向て左にあり。東に向ふ。両柱の間4間に2間、般舟場の三字を扁す。阿慶が書也。
本堂。仁王門を入て右の方にあり。11間四面の堂にて西に向へり。龍護傳と扁額す。これも阿慶の筆なり。本尊丈六の釈迦如来を安ず。開山珂碩上人手づから彫刻する所なりと云。左右に善導円光大師の木像を安ず。
寶物内佛。
阿弥陀如来。木佛の立像にて長3尺5寸、聖徳太子42歳の御時彫刻し玉ひし像なりと云。いかなる故にや物語の像とも感得の如来とも号せり。
地蔵菩薩。恵心僧都の作にて木佛の立像なり。2尺6寸ばかり。寺傳に昔丹波国箕濃山の麓にありしが、いつの頃か紀州高野山に移し、その後珂碩上人に傳はりしといふ。
珂碩上人像。万冶元年7月24日、42歳の時自彫刻せしよし添書有。
芝枯の名号。幅9尺長13間の紙に書せし六字の名号なり。当山二世珂億上人の筆なり。毎年7月16日より18日迄の内一日芝原に曝すに、かの名号のうらにあたれる処は文字のかたちに芝のかるることいと不審なり。古より今もしかなり。
浄家三代上人一枚起證文一幅。教誉上人筆。
名号一幅。小石川伝通院騰誉上人筆。
咸陽宮瓦硯一面。
程伊川筆跡一幅。
寒山拾得画一幅。此余寺寶数多あれども、させるものにあらざれば略しぬ。
曼陀羅堂。本堂に向て左の方にあり。5間に6間、本尊三尊の弥陀如来を安ず。弘法大師の彫刻なりと云傳ふ。
三佛堂。本堂の向ひにあり。三宇並びてたてり。何れも9間に6間の堂にて、堂ことに丈六の阿弥陀佛三体づつを安置す。すべて九体なるにより、通じて九品佛堂ともとなへり。中央の堂に上品上生上品中生上品下生、北の堂に中品上生中品中生中品下生、南の堂に下品上生下品中生下品下生と云額を扁す。いづれも当山二世項憶上人の筆なりと。
開山堂。三佛堂の北の方にあり。僅なる堂なり。此堂より西南の方小高き所に開山珂碩上人の墳墓あり。(中略)
星ノ井。開山の墳墓へゆく道の左にあり。井の中に画夜星影見はるるにより名とせりといひ傳ふ。覚束なき説なり。
鐘楼。本堂の南にあり。2間四方、鐘の大さ径り3尺、高5尺。播州尾上道隆寺の鐘に擬したる由にて、龍頭の脇に穴あり。疣銘文あれども考證に由無れば載せず。(新編武蔵風土記稿より)

せたがや社寺と史跡による九品仏浄真寺の縁起

本尊は釈迦牟尼仏で浄土宗である。
延宝6年(1678)、珂碩上人が開いた寺で、知恩院の末である。
寺の結構がコの字型になっており、総門と本堂が反対を向いて並んでいるのは珍らしい。
本堂には上人のほりあげた釈迦牟尼仏を中心に、右に善導大師、左に法然上人の像を安置している。中でも右側にある珂碩上人像は乾漆製の芸術価値の高いものである。堂の隅には、ぴんずる尊者像がある。本堂は総欅造りで、昭和42年修築し、かや茸屋根を銅茸にかえた。
本堂前にある三つの堂には、それぞれ3体の丈六の阿弥陀如来9体があり、右から中品、上品、下品の位があるので九品仏といわれ本堂の此岸に対して彼岸をあらわしている。すべて珂碩上人と弟子珂憶上人の合作といわれている。
4年毎(オリンピックの年)の8月16・17日には、「お面かぶり」の行事が行われる。これは釈尊が漫殻に入り、阿弥陀如来に迎えられて彼岸にわたる意味をあらわしている。
山門は紫雲楼といい、楼上には25菩薩の像がある。
鐘は、宝永5年(1793)世田谷領の深沢、谷岡又左衛門の寄進で、作は、神田鍛冶町の河合兵部郷藤原周徳である。堂屋も欅造りで欄間には十二支がはられ、北に子、南に午がほられている。
寺宝には国宝級のものが多いが、飛び茶釜は有名である。
境内には天然記念物のカヤ、大銀杏、ケヤキ等あるが、ケヤキは枯れてしまった。
上品堂の両側には、菩提樹がある。境内の周囲の土塁は、旧奥沢城の城塁といわれている。(せたがや社寺と史跡より)


九品仏浄真寺所蔵の文化財

  • 九品仏像(東京都有形指定文化財)
  • 釈迦如来像
  • 珂碩上人木像
  • 絹本着色珂碩上人像
  • 梵鐘
  • お面かぶり[二十五菩薩来迎会](東京都指定無形民俗文化財)
  • 九品仏のカヤ
  • 九品仏のイチョウ

九品仏浄真寺の周辺図


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