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善養寺|世田谷区野毛にある真言宗智山派寺院

善養寺の概要

真言宗智山派寺院の善養寺は、影光山佛生院と号します。善養寺は、阿闍梨祐栄(慶安五年1652年寂)が開山となり創建したといいます。玉川八十八ヶ所霊場32番です。

善養寺
善養寺の概要
山号 影光山
院号 佛生院
寺号 善養寺
住所 世田谷区野毛2-7-11
本尊 大日如来像
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 -
備考 玉川八十八ヶ所霊場32番



善養寺の縁起

善養寺は、阿闍梨祐栄(慶安五年1652年寂)が開山となり創建したといいます。

世田谷区教育委員会掲示による善養寺の縁起

大毘廬遮那殿 影光山 善養蜜寺
本尊は大日如来坐像、開山は祐栄阿闍梨で慶安五年(1652)七月二十六日に遷化している。総本山智積院の末で、「新編武蔵風土記稿」によれば、昔深沢村からここに移され、鎮守野毛六所神社の神輿をいれる神輿堂や閻魔堂があったことが記されている。
昭和三十六年四月奈良唐招提寺様式の金堂が建立された。また境内にあるカヤの大木は昭和三十九年に都の天然記念物に指定されている。(世田谷区教育委員会掲示より)

せたがや社寺と史跡による善養寺の縁起

野毛町玉川通りにある。影光山仏生院と号し,真言宗智山派満願寺の末である。本尊は金剛界大日如来で木の座像,高さ4尺(1.1m) 余,開山は阿闍梨祐栄で,慶安5年に寂している。
『新編武蔵風土記稿』によれば,「除地一段五畝許,(中略〉次太夫堀,北側ニ臨メリ,(中略〉本堂八間ニ六間(中略〕此寺ハ古深沢村ニアリシガ,中ゴロ此地へ移スト云,(中略〉表門柱間九尺,門内ニ石階十二級,門前ニ四級,神輿堂門ヲ入テ左ニアリ,九尺四方,鎮守六所明神(野毛六所神社)ノ神輿ヲ入ル所ナリ,閤魔堂,(中略〉三間ニ三間半」と記している。
本社は近年天平様式の唐招提寺の金堂を模して新築された。境内のカヤの大木は,昭和39年に都の天然記念物に指定されている。玉川八十八ヵ所の一霊場である(せたがや社寺と史跡より)

新編武蔵風土記稿による善養寺の縁起

(下野毛村)善養寺
除地一段五畝許、字根通り次太夫堀の北の側に臨めり。影光山佛生院と号す、真言宗新義にて等々力村満願寺の末寺なり。本堂八間に六間、坤に向ふ、本尊は金剛界大日如来坐像木佛長四尺余なり。開山は阿闍梨祐栄と云、慶安五年七月二十六日寂す、相傳ふ、此寺は古深沢村にありしが、中頃此地へ移すと云、其年歴詳らず。
表門。柱間九尺門内に石階十二級、門前に四級。
神輿堂。門を入て左にあり、九尺四方、鎮守六所明神(野毛六所神社)の神輿を入る所なり。
閻魔堂。神輿堂の傍にあり。三間に二間半なり。(新編武蔵風土記より)


善養寺の周辺図


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