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善行寺|世田谷区北烏山にある浄土真宗本願寺派寺院

善行寺の概要

善行寺の創建年代は不詳ですが、清伝法師の開基と伝えられています。築地御坊(築地本願寺)の一つとして明暦大火後には築地にありましたが、大正期に入り当地へ移転しています。

善行寺
善行寺の概要
山号 -
院号 -
寺号 善行寺
住所 世田谷区北烏山5-14-1
宗派 浄土真宗本願寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



善行寺の縁起

善行寺の創建年代は不詳ですが、清伝法師の開基と伝えられています。築地御坊(築地本願寺)の一つとして明暦大火後には築地にありましたが、大正期に入り当地へ移転しています。

せたがや社寺と史跡による善行寺の縁起

清伝法師の開基で、開山以来浜町別院内にあったが、本願寺の築地御坊への移転に伴って、他の真宗本願寺派と同様に築地に移った。その後関東大震災に遭うに及んで、大正15年烏山寺町に移ってきた。
元冶元年(1864)に脇の屋敷からの貰い火で、(折から住職は九州方面へ旅行中でもあり)本堂はじめ庫裡、過去帳をも焼失してしまい、現在の過去帳はそれ以降に整理したものである。
住職の話によると、この寺は武士階級には関係はないが、与力・同心の「同心寺」ということができるとのことである。また、当寺には二番組組頭木村氏の墓もある。
檀家の中には七代目杵屋弥十郎の名も見えるが、源正寺の松浦氏の話によるもので、現住職は詳しいことは知らないとのことである。本名は岩谷氏を名乗り、明治初年に若くして死亡したが、赤い陣羽織の姿は、この世界に異様に見え、ひと頃は「気違い弥十郎」の名で呼ばれたこともある。岩谷氏の子供も既に他界しており、その名も消えようとしている。
この他に芸能界では新内の小伝冶も葬られており、現在の家元と称しているのは、この小伝冶の養子であるという。
この他檀家であったものに、皇居二重橋の門の黒漆を修理したり、日進、日露の戦没に勲章の箱の漆を塗ったキントウ漆器店、小林藤右衛門も檀家であった。(せたがや社寺と史跡より)


善行寺の周辺図


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