妙祐寺|世田谷区北烏山にある浄土真宗本願寺派の寺院
妙祐寺の概要
浄土真宗本願寺派の妙祐寺は、天護山と号し、寛永2年(1625)渋谷村宮益坂に了頓法師が、廃寺となっていたものを再建しました。昭和21年に当地へ移転しました。
| 山号 | 天護山 |
|---|---|
| 院号 | - |
| 寺号 | 妙祐寺 |
| 住所 | 世田谷区北烏山4-16-1 |
| 宗派 | 浄土真宗本願寺派 |
| 本尊 | 阿弥陀如来像 |
| 葬儀・墓地 | 檀家の方のみ |
| 備考 | - |
妙祐寺の縁起
妙祐寺は、寛永2年(1625)渋谷村宮益坂に了頓法師が、廃寺となっていたものを再建しました。昭和21年に当地へ移転しました。
浄土浄土真宗本願寺派で、天護山妙祐寺と号す。本尊は阿弥陀如来像。
緑のこい中に伝統的な建物のならぶ寺町の中央に古代インド様式の本堂がそびえるこの寺は、ふしぎな明るさと珍しさを感じさせる。また、本堂正面の扉には大きな蟹梅の紋が、この寺と菅家の関係を示している。
京都の公卿の宮仕えをきらって出家した了頓法師は江戸に出て、廃寺になっていた妙祐寺を復興し、寛永2年(1625)渋谷村宮益坂に一寺を建立した。寺紋は出身の高辻家の梅をはばかって替紋の蟹梅としたのである。その後八代将軍吉宗の習字の師となるなどにより吉宗筆の墨絵などがあり、一時は将軍や諸大名が鷹狩の途中必ず小憩する程の寺であったという。
地下鉄銀座線開通にあたり昭和11年墓地の一部を当地に移転、さらに戦災にあい一切を焼失し、昭和21年に寺院を移転した。(せたがや社寺と史跡より)
妙祐寺の周辺図
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妙祐寺本堂